弥兵衛館
秋田県秋田市下浜羽川字堂ノ前
立地・構造
 弥兵衛館は鮎川中流域の左岸、西から東方向に張り出した稜線突端(比高40m)に築かれた山城です。城の規模は東西120m×南北60mほど、西側の稜線鞍部を堀として館を独立させた小規模な城砦です。城縄張りは稜線突端のピークを加工した主郭と主郭の東側に通路状の小郭を2段敷設し、西側に腰郭を1段敷設させただけのシンプルな構造になっていて、大手筋は東側から小郭を経て主郭の南側側面を通り主郭に繋がるルートが想定されます。主郭の規模は東西30m×南北15−4
弥兵衛館概念図
0mほど。全体的に規模は小さく、また要害性は薄く、基本的には物見に特化した小砦と思われます。
歴史・沿革
 築城時期・築城主体・館主ともに不明。由利十二頭羽川氏の東方を監視・守備した支城か?。
弥兵衛館  主郭南側側面の導線
メモ
羽川氏の支城?
形態
山城
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・土塁痕・虎口・堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車(空地あり)
訪城日
平成26(2014)年4月22日
弥兵衛館は鮎川左岸の丘陵先端に築かれた小規模な山城です。(写真左上ー東側からの遠景) でっ、北東側のBT脇に史跡標柱が設置されています。(写真右上) 館へは標柱脇の農道を西側に進み最初のT字路を右折し畝道に進みます。でっ、畝道は館祉の北側に廻り込む山道になりますが、管理人は稜線上に堀らしきものを見つけ、ここから直登しました。(写真左) 堀は4−5m切り落とした片堀(竪堀)になっていて(写真左下・右下)、スロープ状の土橋で上位郭に繋がっています。
ちなみに片堀の東側稜線は東西20mほどの通路状の郭になっていて、先端部は幅3−4m・深さ1mの浅い堀で切られています。(写真左上) たぶん、この堀が木戸になっていたのでしょう。
片堀の上部も通路状の平場になっていて、規模は幅10m×長さ20mほど(写真右上)、導線はこの郭を経て主郭南側の犬走り(写真右・左下)⇒南西側の腰郭(写真右下)を通り主郭に繋がっています。導線と主郭の高低差は5−6mほど、この間 導線へは主郭から横矢が掛かっています。南西側の腰郭の規模は7−8mほど。
主郭(写真左上)
規模は東西30m×南北15−40mほどの三角状の郭、内部はよく削平され、西側縁部には土塁の痕跡が見られますがいかんせん小規模。北側には幅7−8mの腰郭が1段敷設され(写真右上)、西側は6−7m切り落として(写真左)、東西15−20mの腰郭で処理されています。(写真左下) でっ、この腰郭の北側には10−15m四方の土壇(櫓台?)が築かれています。(写真右下) なお城の西側は稜線鞍部を利用した堀で仕切り、弥兵衛館を独立させています。堀の規模は幅20−30mほど。
(写真右) 西側の鞍部(堀)