阿気館屋敷
秋田県横手市(旧大雄村)大雄阿気
立地・構造
 阿気館屋敷は横手盆地の北西部、雄物川右岸の微高地に築かれた平城です。現在、館祉は民家敷地等に改変されているため規模・構造ともに不明。『秋田県の中世城館』には「周辺(水田)と約1−1.5mの段差が認められる・・・・・・・・・」との記載があります。往時、同地は油川等の湿地帯に囲まれた微高地に位置しており、もともと開発領主の拠点として築かれた単郭の城館と思われます。

 築城時期・築城主体・館主ともに不明。菅江真澄の『雪の出羽路』によると大森城主小野寺康道の被官奥山某の居館とも。また鎌倉初期、出羽国平鹿郡の地頭職に任ぜられた尾張の御家人松葉遠江次郎資宗の四男油川四朗右衛門尉泰
実の拠した居館とも。なお同地右衛門尉泰実の拠した居館とも。なお同地周辺では天正15(1587)年、横手城主小野寺義道と角館城主戸沢盛安が激突した「阿気野の戦い」が行なわれたと伝えられます。
歴史・沿革
阿気館屋敷 北西側からの近景
メモ
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形態
平城
別名
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遺構
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場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成28(2016)年7月1日
阿気館屋敷は現在の阿気地区にあった平城らしいのですが明確な遺構は見られず、規模・構造ともに不明。現在は阿気集落に吸収され、大部分は宅地になっているようです。(写真左上ー北側からの近景 写真右上ー内部)