監物館
秋田県横手市(旧大雄村)大雄真由字田村
立地・構造
 監物館は仙北平野の中央西部、雄物川右岸の南北に細長い微高地の東縁部(比高5m)に築かれた平城です。伝承によると規模は五十間(約90m)四方の周囲を濠で囲った単郭の方形館だったようです。しかし明治7(1874)年に館内に田村学校(のちの田村小学校)が建てられ、現在は大雄保育園の敷地になっていて、遺構等は消滅しています。現地説明板によると濠は昭和初期まで残っていたようです。

 築城時期・築城主体ともに不明。『六郡郡邑記』や菅江真澄の『雪の出羽路』によると近世初期、もとは最上氏の被官だった柴田監物茂高が慶長8(1603)年3月、最上家を辞してこの地に入部した際、拠した居館とされます。その後、監物は横手の佐竹藩士茂木大学、野上庄右衛門を頼り、田村の開墾許可を
得て新田開発を推し進め、数年後には田村で高600余石の開墾事業を完成させたと伝えられます。なお同館は天正18(1590)年の「戸沢領三十五ヶ城」の一つとして破却された田村城に比定されています。
歴史・沿革
監物館 館祉に建つ大雄保育園
メモ
・・・・・・・・・
形態
平城
別名
監物屋敷・田村城か?
遺構
・・・・・・・・・・
場所
場所はココです
駐車場
駐車場あり
訪城日
平成28(2016)年7月1日
監物館は雄物川東岸の田村新町にあった平城で、現在 館祉には大雄保育園が建てられています。(写真左上ー北側からの近景 写真右上ー東側からの遠景) でっ、いつもどうり周囲を徘徊したのですが・・・・・・・・、遺構はありませんでした。一応、保育園の北側に説明板が設置されています。
田村神社(写真左)
監物館の北東側に鎮座する神社。祭神は経津主命、倉稲魂命、坂上田村麻呂。大同2(807)年、坂上田村麻呂が七間四面の毘沙門堂を創建したことを初源とし、慶長年間(1596−1615年) 柴田監物茂高が三間四面の堂宇を再建したと伝えられます。