小枝指館
秋田県鹿角市花輪小枝指
立地・構造
 小枝指館は鹿角盆地中央、根市川左岸の東西に延びる舌状台地(比高20m)に位置する平山城で、空堀と小谷で区画された七郭からなります。主郭は中央の四郭に想定されます。
歴史・沿革
 築城時期は不明。『鹿角由来集』には「一 小枝指村 小枝指左馬助領 名字奈良 大湯左衛門督次男」とあり、館主小枝指氏は鹿角四頭奈良氏から枝分かれした庶流とされます。また、小枝指館の南側には小平館・新斗米館と同族奈良氏庶流の居館があり、花輪北部から大湯間の根市川流域を同族支配していたと考えられます。小枝指氏は南部氏に敵対しつずけた奈良氏・安保氏一族の中では異例の存在で、永禄9(1566)年に檜山城主安東愛季が鹿角侵攻をした時も、一族の大湯氏、安保氏系の花輪・柴内・大里氏が安東氏に組するなか、小枝指氏は長牛氏・毛馬内氏等と南部氏に組し、安東氏の鹿角支配時代には津軽に逃れたとされます。永禄11(1568)年に南部信直が鹿角に出陣し、安東氏を退却させ鹿角支配を回復すると、「小枝指左馬助ハ秋田近季ト戦ヒ叶ワズシテ津軽へ落チケルヲ信直ヨリ召帰サレ本知小枝指村ヲ下サレケル」(『鹿角由来集』)と旧領を安堵されました。
小枝指館  西側からの遠景
メモ
鹿角四頭奈良氏の庶流
小枝指氏の館城
形態
平山城
別名
七ツ館 
遺構
郭・空堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成18(2006)年6月23日
平成19(2007)年5月23日
小枝指館遠景
小枝指館を南東側から見たところです。郭は便宜的に西側から、一郭・・・・・六郭と呼びます。写真左側の丘陵から離れているのが七郭です。
二郭西側の空堀
一郭・二郭間は幅10mの空堀で分断され、二郭側の切岸は5−6mほどあります。
二郭
東西110m×南北70m。小枝指館西側の重要拠点と考えられます。南側には腰郭が配置され、西側の空堀に繋がっています。内部からは相当数の竪穴式住居祉が確認され、家臣屋敷地だったと思われます。
二郭・三郭間の空堀
二郭・三郭間の空堀には現在車道が通っています。各切岸は5−6mあります。
三郭
東西15−40m×南北90m。中央部が堀状に低くなっています。ここからも6個の住居址が確認されています。
三郭・四郭間の空堀
ここは改変されず往時の状態と思われます。幅7−8m・深さ5−6mほど。切岸は急峻です。
四郭
東西170m×南北80mで城内最大の郭です。主郭に想定されています。
四郭の南側
四郭南側には西方向から小谷が切り込み(写真右)、切岸は高さ7−8mmの急斜面に削崖されています。往時は湿地帯だったと思われ、四郭東側の堀は湿地状になっています。
六郭
四郭から小谷を挟んだ南側に位置します。開墾等で改変されていますが、西側には腰郭が確認できます。
七郭
城域南西端にあり、標高146mで城内最高所です。物見(監視施設)が想定され、ここからは米代川東岸を眺望できるようです。
七郭の北・東側は自然地形の空堀で区画されています。写真は東側の空堀で、六郭と分断されています。