乳牛館
秋田県鹿角市花輪字乳牛
立地・構造
 乳牛館は乳牛川右岸の南西方向に張り出した丘陵先端(比高20m)に築かれた平山城で、空堀で区画された7−8郭からなると推測されます。(東北道建設・開墾等で遺構の大部分は消滅)
歴史・沿革
 築城時期は不明。『鹿角由来記』には「一、血牛村、血牛六郎領知本名阿保館有」と記され、鹿角四頭安保氏から枝分かれした庶流血牛氏の居館とされます。血牛氏の事跡はまったく伝わっていませんが、安保三人衆柴内館主柴内氏から派生したと推測されます。天正19(1591)年の「九戸の乱」で血牛氏は大里館主大里氏・花輪館主花輪氏・柴内館主柴内氏とともに九戸政実に味方したことで没落したとされます。
乳牛館  遠景
メモ
鹿角四頭安保氏の庶流
血牛氏の館城
形態
平山城
別名
・・・・・ 
遺構
郭・堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成19(2007)年5月23日
東北自動車道
乳牛館は南北に東北道が建設され分断されています。
乳牛館内部
内部は果樹園に改変されています。鹿角の城館は比高が低い小丘陵に位置し、郭が広いため後世に開墾されるケースが多いようです。
空堀
部分的に残存している空堀で、幅10m前後・深さ3−4mほどあります。自然地形を利用していますが、部分的に折れと思われる部分も確認できます。