松館
秋田県横手市(旧平鹿町)平鹿町醍醐字上樋ノ口
立地・構造
 松館は横手盆地の中央東部、中山丘陵西側の平野部に築かれた単郭の平城と思われます。現況では耕作地・宅地に改変されているため規模・構造等は不明ですが(推定東西50−60m×100mほどか?)、近場には観音清水と呼ばれる湧水地があり、水濠で囲郭された平城だったと推測されます。現在、城地(推定地)には稲荷神社が祀られています。

 築城時期・築城主体ともに不明。菅江真澄の『雪の出羽路』には「古城ノ跡あり樋ノ口ノ館といふ、・・・・・・・・・ 二ノ柵を松館といふ。ある物語に、そこなむ越後ノ国柿崎ノ城主左馬ノ介光鄰といふ武士、此出羽ノ国平鹿ノ郡に来て小野寺家に属り、かくて此処に柵居といへり」と記されています。15世紀中期、雄勝郡稲庭城から平鹿郡沼館城に拠点を移した小野寺泰道は仙北郡を支配下においていた南部氏(根城南部氏か?)と対峙します。長禄2(1458)年、泰道は仙北郡代南部右京亮に敗れ一時的に南部氏の幕下に組み込まれましたが、寛正6ー応仁2(1465−68)年 湊安東泰頼の支援を得て南部氏と武力衝突を繰り返し、結果 勝利を収めて
南部勢力を仙北から一掃しました。この南部勢との抗争で軍功をあげた越後ノ国柿崎ノ城主この南部勢との抗争で軍功をあげた越後ノ国柿崎ノ城主左馬ノ介光鄰が、樋ノ口城の客将として松館を宛がわれたとされます。その後の松館の消息は不明。
歴史・沿革
松館 主郭部(?)に祀られる稲荷神社
メモ
樋ノ口城の「二の柵」
形態
平城
別名
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遺構
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場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成20(2008)年5月16日
平成28(2016)年7月 1日
松館は現在の松館稲荷神社周辺に存在していたとされ、境内は周囲の水田面より若干 高い微高地になっているようです。(写真左上ー北西側からの遠景 写真右上ー南西側からの近景) とはいっても甫場整備等により明確な遺構は見られず、規模・構造ともに不明。ま〜〜〜、稲荷神社境内敷地に隣接した東側の民家敷地までが城域だったと思われます。(写真左・左下ー稲荷神社境内 写真右下ー稲荷神社) ま〜〜〜、根拠はありませんが・・・・・・・・・・。
(写真左上) 西側の縁部?
(写真右上) 北側の縁部?
 
なお近場には観音清水と呼ばれる湧水地があるようですが未確認。現在、館祉の西側には吉田排水路が設けられていますが(写真右)、往時 館の周囲は湧水を利用した泥田堀で囲っていたのでしょう。