石沢館
秋田県由利本荘市(旧本荘市)柳生石沢館
立地・構造
 石沢館は由利平野の中央東部、石沢川右岸の微高地に築かれた平城で、堀(濠)と土塁で囲った単郭の方形館と推測されますが、城の規模・構造等は不明。(遺構消滅のため) 『日本城郭大系』には「石沢川右岸にある標高10mの平城。由利十二頭の一人石沢孫四郎の居館。」とのみ記載されています。同地は狭隘地を西流する石沢川が由利平野に注ぎ込む谷口に位置する交通の要衝地だったとともに石沢川沿いの沖積平野を開発する拠点として取り立てられたと思われます。

 築城時期は不明。館主石沢氏は信濃から入部した大井氏を祖とするようですが、詳細な事績は不明。(入部時期も不明)  天正18(1590)年、石沢氏は豊臣秀吉の
「奥州仕置」で398石の所領を安堵されましたが、以後 消息は不明。豊臣政権下での由利十二頭再編の中で没落したと推測されます。(文禄年間頃か?)  
歴史・沿革
石沢館 館祉に祀られる天満宮
メモ
由利十二頭 石沢氏の居館
形態
平城(方形館か?)
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成19(2007)年1月25日
石沢館は石沢地区の中央部、現在 天満宮が祀られている境内周辺にあったようですが(写真左上ー北側からの近景)、規模・構造等は不明。ま〜〜〜、ベーシックな方形館だと思うのですが・・
・・・・・・・。現在、周辺は宅地化により改変され遺構等は見られませんが、北側が若干 低くなっていて、これが北側の塁線(濠祉)だったのでしょう。(写真右上) でっ、天満宮は石沢氏が勧進したとされ、傍らの大銀杏は天満宮創建の際 植えられたと伝えられます。(写真左・左下) 
大館(写真右下)
石沢館の南東3kmの丘陵上に築かれた山城で、石沢館の「詰の城」と推測されます。