八 幡 山 城
岐阜県飛騨市(旧神岡町)神岡町朝浦八幡山
立地・構造
 八幡山城は神岡盆地の北西部、高原川左岸の南北に細長い独立丘陵上(比高25−30m)に築かれた丘城です。規模は東西100m×南北400mほど、城縄張りは自然の稜線鞍部で仕切られた南北の2郭構造。南側の郭が主郭に想定され、規模は東西50m×南北70mほど、現在は朝浦八幡宮の境内になっています。

 築城時期・築城主体・城主ともに不明。伝承によると延徳年間(1489−91年)、高原郷の地頭職 江馬氏の支配下にあった在地土豪 河尻権之正により築かれたと伝えられます。しかし その後、八幡山城は二代目の河尻玄番の代に江馬右兵衛介時正の攻撃を受けて落城しました。現在、主郭と思われる平場に祀られる朝浦(あそら)八幡宮は享禄年間(1528−31年)、江馬氏により再建されたもの。
歴史・沿革
八幡山城 主郭に祀られる朝浦八幡宮
メモ
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形態
丘城
別名
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遺構
郭(平場)?・堀祉
場所
場所はココです
駐車場
朝浦不動尊の駐車場借用
訪城日
平成31(2019)年4月17日
八幡山城 遠景
八幡山城は神岡市街地の西部、高原川西岸の南北に細長い小高い丘に築かれた丘城です。(写真左上ー高原諏訪城からの遠景 写真右上ー北東側からの近景) でっ、現在 主郭部分には朝浦八幡宮が祀られ、南側の鳥居からアプローチすることができます。(写真左) 八幡宮参道はなだらかな道になっていますが、往時は段郭群が設けられていたのでしょう。(写真左下) でっ、たどり着いた朝浦八幡宮が祀られる平場が主郭と思われます。(写真右下) 規模は東西50m×南北70mほど。
(写真左上) 朝浦八幡宮
創建時期は不明ですが、平治年間(1159年) 宇佐八幡宮をこの地に分遷したのが初源とも。享禄年間(1528−31年)、江馬氏により再興。
 
(写真右上) 西側の帯郭か?
 
(写真右) 主郭北側の鞍部
主郭の北側には二の郭があったようで、この間は自然の鞍部を利用した堀で仕切られていました。規模は幅30−40mほど。
 
八幡山城 堀切