龍蔵寺館
秋田県大仙市(旧神岡町)神岡町北楢岡字上龍蔵台
立地・構造
 龍蔵寺館は仙北平野の北西部、雄物川右岸の半独立低丘陵(比高10m)に築かれた丘城です。城の規模は東西160m×南北400mほど、内部は東西堀で仕切られた南・北の2郭からなり、南側の郭が主郭(本郭)と推測されます。本郭の規模は東西140m×南北120mほど、北側縁部には下幅5−6m・高さ3mの土塁と幅7−8mの堀が敷設され、外郭に対して優位性が担保されています。同地は仙北平野北西部の沖積平野(穀倉地帯)を掌握する高所に位置しており、基本的には開発領主の日常居館として築かれたと推測されます。

 築城時期・築城主体・館主ともに不明。一説には長禄年間(1457−61年)頃、小野寺氏の攻撃を受けて没落した松岡城主柴田平九郎の家臣龍蔵寺伯耆守がこの地に遁れ来て居住したとも。(南部氏の出羽侵攻に関連してか?) また菅江真澄の『月の出羽路』では鳥海弥三郎宗任が居住したとも。

龍蔵寺館概念図
歴史・沿革
龍蔵寺館  本郭北側の堀
メモ
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形態
丘城
別名
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遺構
郭(平場)・土塁・虎口・堀・土橋
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成25(2013)年5月8日
龍蔵寺館は北楢岡地区北方のノッペリとした小高い丘に築かれた丘城です。(写真左上ー南側からの遠景) でっ、南麓の車道脇に龍蔵神社の石碑に並んで史跡標柱が建てられていて、ここから城址に祀られる龍蔵神社まで参道が設けられています。(写真右上ー史跡標柱) しばらく参道を進むと鳥居が現れ、段丘崖に敷設された石段を登りきると前方に龍蔵神社が見えてきます。(写真左ー鳥居 写真左下ー南側の段丘崖・高さ7−8m 写真右下ー本郭内部)
本郭(写真左上)
規模は東西140m×南北120mほど、ケッコウ広い平場になっていますが内部はほぼ藪々々・・・・・・・・、北西部に龍蔵神社が祀られています。(写真右上) でっ、城郭遺構としては北側縁部に土塁が築かれていますが(写真右)、規模はかなり大きく下幅5−6m・高さ3mほど、土塁はさらに北西側に迂回しています。(写真左下) でっ、土塁の中央部には虎口が切り込まれ土橋で外郭と繋がっています。(写真右下)
土塁の北側に敷設された堀は幅7−8m・本郭側の切岸を4−5m確保した明瞭な東西堀ですが(写真左上・右上)、東側はキッチリ掘り切っていますが、実は西側は土塁で堀留めされています。(写真左) でっ、土塁は本郭北側の土塁から連続したもので、規模は下幅5−6m・高さ2−3mほど(写真左下ー土塁上)、外郭部分の西側縁部を長〜〜〜くカバーしています。(写真右下) 外郭は規模の大きい平場になっており、根小屋の性格があったのでしょう。また大手導線は外郭を経由して本郭に繋がっていたと思われます。