金 峰 神 社
秋田県にかほ市(旧象潟町)小滝字奈曽沢
 金峰神社は天安元(857)年、慈覚大師円仁が村人に悪事をはたらく手長足長を退治した際、鳥海大権現と蔵王権現を勧進したのが初源とされ、その後 鳥海山山頂に祀られる大物忌神への参拝口のひとつ(ほかに矢島口吹浦口蕨岡口あり)、また鳥海山を御神体とする修験道場のひとつとなりました。中世、神仏習合が一般化すると、小滝には蔵王権現の神宮寺(別当寺)龍山寺が構えられ、門前には修験者の宿坊が設けられました。明治2(1869)年、廃仏毀釈令により「鳥海神社」に改名、大正2(1913)年 熊野神明社を合祀して「金峰神社」に改名。御祭神は安閑天皇・伊弉册命・事解男命・大日霊命・稲倉魂命・八十枉津日大神。平成21(2009)年、国の史跡に指定。   (場所はココです)
 一の鳥居
金峰神社への入り口。往時、門前の小滝地区には鳥海山権現の修験者の宿坊が立ち並んでいました。
 土舞台
慈覚大師が手長足長を退治した際、ここで八講祭を行い、神恩に感謝する舞楽「チョウクライロ舞」を奉じたと伝えられ、現在も毎年六月の第二土曜日に「チョウクライロ舞」が行われています。「チョウクライロ舞」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。
 護摩壇祉
神仏習合期の遺物なのでしょう。
 慈覚大師の石段
慈覚大師が築いたと伝えられる石段。写真左側がそれで53段あります。
伝慈覚大師の観世音菩薩像
平安末期作と推測され、杉の一本造りです。
 金峰神社
拝殿は文化元(1804)年の大地震により倒壊後、文化2(1805)年に再建されたもの。その後、万延元(1860)年に現在地に移築されました。
 奈曽の白瀑
規模は幅11m・高さ26m。奈曽の白滝が神域(鳥海山)と下界の境界線をなすものと目され、鳥海山を御神体とする修験道の荒行の場だったようです。