興 禅 寺
長野県木曽郡木曽町(旧木曽福島町)福島門前
 正式名称は萬松山興禅寺、宗派は臨済宗妙心寺派、御本尊は釈迦如来像。町内の長福寺、大桑村の定勝寺とともに「木曽三大伽藍」のひとつ。創建は永享年間(1429-41年)、木曽信道が先祖木曽義仲の菩提を弔うため、鎌倉建長寺の五世円覚太華和尚を招いて開山したと伝えられます。(信道の木曽家と義仲とは無関係ですが・・・・・・・・・) その後、興禅寺は木曽家の菩提寺として庇護され隆盛を極めましたが、天正18(1590)年 木曽義昌が徳川家康の関東転封に同道して木曽を離れると庇護者をなくして衰退します。しかし慶長5(1600)年の「関ヶ原の戦」後、木曽家の旧臣山村甚平衛良勝が木曽代官として福島に赴任すると、良勝は興禅寺を山村家の菩提寺として庇護し興禅寺は再興されました。堂舎伽藍は寛永18(1641)年、明治39(1906)年、昭和2(1927)年の3度の大火により、往時の遺構は残っていませんが、境内には木曽義仲の墓所、木曽家の墓所、山村家の墓所があります。  (場所はココです)
勅使門 
木曽義仲が平家追討の令旨を持つ使者(勅使)を迎えた門と伝えられます。昭和2(1927)年の大火により焼失し、現在の門は昭和29(1954)年に復元されたもの。
境内 
昇龍の庭 
小口基實氏の作庭。
看雲庭 
昭和38(1963)年、重森三玲により作庭された「枯山水」式庭園。
万松庭 
江戸期に作庭された池泉式庭園。
御影観音堂 
義仲の御影観音堂「大悲殿」。
本堂 
前面には木曽義仲お手植えと伝えられる枝垂れ桜があります。(どうも2代目らしいのですが・・・・・・・・)
山村家墓所 
江戸期の木曽代官山村家の墓所。
山村家墓所 
木曽家の墓所 
中世木曽家の墓碑群。
木曽義仲の墓所 
中央の宝夾印塔が義仲の墓石で義仲の遺髪を納めていると伝えられます。
(写真右) 興禅寺を開基した木曽家十二代 信道の墓碑
(写真左) 木曽福島城を築いた木曽家十八代 中務大輔義康の墓碑