長 者 ヶ 原 廃 寺
岩手県奥州市(旧衣川村)衣川区田中西
 長者ヶ原廃寺は平泉中尊寺から北方1kmにある平安中期に建てられたと推測される寺院祉です。伝承によると寺院祉は藤原秀衡の御用商人金売吉次の屋敷祉と伝えられてきましたが、昭和33(1958)年の発掘調査から一辺100mの築地塀や東建物・西建物・南門が出土し、規模の大きい寺院であったことが確認されました。東建物は桁行(けたゆき)・梁間ともに五間四方の大型の建物で本堂と推測され、礎石が残っています。また西建物は方三間の基壇が残存し、塔と推測されます。南門は南側築地の中央に開き、規模は桁行三間・梁間二間。建築時期は不明ですが、整然とした伽藍配置、一般に構築が許されていない築地塀が見られることから、陸奥の俘囚長安倍氏により構築された寺院と推測されています。発掘調査から遺跡内部からは焼けた土が発見されており、寺院は「前九年の役」の際 焼失したと思われます。文治5(1189)年、奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝は衣川の安倍氏由来の地を散策し、「土塀の中には何も残っていない。秋草が生い茂っているばかりでどこに礎石があるのかも分からない」(『吾妻鏡』)としています。平成17(2005)年7月、国の史跡「柳の御所・平泉遺跡群」に追加指定。   (場所はココです)
遺跡標柱 
内部 
西築地祉と濠祉跡 
西建物祉の基壇 塔祉か? 
東建物祉の礎石 本堂か? 
北門祉