大 膳 神 社
新潟県佐渡市(旧真野町)竹田
 創建時期は不明。もともとは五穀豊穣の守護神御食津大神を祀る式内社御食(みけし)神社とも。祭神は御食津大神、日野資朝、大膳坊賢榮。元亨4(1324)年、後醍醐天皇の倒幕計画(「正中の変」)に参加した日野資朝は六波羅探題に捕えられ、佐渡に流刑となります。そして資朝の子阿新丸(くまわかまる)(後の日野邦光)は父に会うべく京聖護院の山伏大膳坊の案内で佐渡に渡りましたが、元弘2(正慶元 1332)年 資朝は幕府の命により佐渡国守護代本間山城入道に謀殺されました。このため阿新丸は父の仇を討つべく大膳坊の援けをえて雑田城に潜入し、山城入道を討つことはできませんでしたが、一族の本間三郎を討ち京へ戻りました。しかし佐渡に残った大膳坊は山城入道に捕縛されて処刑されました。その後、祟りを恐れた本間氏は日野資朝と大膳坊の霊を鎮めるため一社をこの地に勧請したと伝えられます。
 なお境内には弘化3(1846)年に再建された「佐渡最古」の能舞台があります。舞台は寄棟造の茅葺屋根、鏡板には日の丸と松の絵が描かれ、天井には演目「道成寺」で使用する鐘穴が設けられています。平成9(1997)年、新潟県の有形民俗文化財に指定。   (場所はココです)
 大膳神社 拝殿 
能舞台 
能舞台