新城山館
秋田県横手市(旧増田町)増田町荻袋
立地・構造
 新城山館は横手平野の南東隅、成瀬川左岸の丘陵先端のピーク(標高320m 比高190m)を主郭とする山城で、北西方向に延びた尾根(約600m)を城域とした大規模な城郭です。城の中枢はピーク周辺の主郭・二の郭からなり、北側尾根は急傾斜地にしつこい位に段郭が築かれた他に、堀切2条・二重堀切で厳重に遮断されています。また搦手と考えられる南側尾根筋も小郭を挟んで、二重堀切・堀切で遮断されています。城の東・西側は急斜面の断崖で、北側には自然の濠・成瀬川が西流しています。新城山館が立地している周辺は、成瀬川が横手盆地に流入する地点で、横手盆地から稗貫(岩手南部)に抜ける古道(現在の国道342号・397号)が通っていたことからこの街道の監視と、横手盆地南東部に点在した小野寺氏の支城を指揮する機能があったと推測されます。現在は林道建設で消滅したものの、主郭・二の郭・段郭群の西側斜面には畝状竪堀が配置されていたことから、戦国末期まで使用されたと考えられます。
歴史・沿革
 築城時期・築城主体・城主ともに不明。城の規模から在地領主が築いたとは考えられず、横手城主小野寺氏に関連した城館と推測されます。
新城山館  遠景
メモ
小野寺氏の支城
平鹿郡東部の「詰の城」?
形態
山城
別名
・・・・・・ 
遺構
郭・虎口・堀・畝状竪堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成19(2007)年4月19日
新城山館遠景
(写真左)成瀬川を挟んだ北側から見たところです。左側のピークが主郭でなだらかに延びた尾根上に郭が築かれています。 (写真右)北西側から見たところです。左側の尾根筋が城域で、右側の尾根との間の沢(神子の沢)から訪城します。
林道
安養寺集落のはずれから、神子の沢と呼ばれる沢沿いに林道が作られています。しばらく進むと二股に別れ、つずらおれに斜面を登ります。道自体はよいのですが、雑木・倒木が多く時間がかかります。
尾根先端
管理人は林道を使って北西側の尾根先端を目指し、ここから尾根を登るコースを選択しました。写真は尾根先端の物見と思われる郭です。樹木が多く眺望はよくないですが、当時は成瀬川沿いと横手盆地南東部を見渡せる要衝地だったのでしょう。右上に見えるのは、川向かいの真人山です。
堀切
北西側尾根が大手筋と推定され、ここから尾根ずたいにしばらく進むと堀切(写真左)と二重堀切(写真右)が現れます。幅は4−5m・深さ2−3mほどの小規模な堀切ですが、大手筋を完全に遮断しています。

二重堀切を過ぎると小規模な郭が3−4段ほど築かれています。どれも削平状況は甘く、自然地形です。
堀切
主郭北側の急斜面直前は堀切で分断されています。横堀状にも見えるのですが、遺構自体はかなり埋没しているようです。
段郭群
堀切を越えると北西側尾根は北側尾根と合流し尾根幅(100m)を広げます。ここは急斜面で主郭と繋がっていますが、斜面には高さ3−4m(最大7−8m)の切岸で、7−8段の段郭が築かれています。郭の中には30−40m規模の郭もあり、相当数の兵の駐屯が可能です。
二の郭
段郭群の最上段の廓で、主郭の北側をカバーしています。主郭との段差は2−3mほどで、土橋状の坂虎口で繋がっています。
主郭
城内最高所に位置し、東西30m×南北60mとかなり広い廓です。
二重堀切
主郭の南側(搦手)は二重堀切で分断されています。堀切は竪堀(写真右)を伴った幅10m・深さ7−8mはある大規模なものです。写真左の堀切がもうひとつ並んでいるのですが、カメラフレームには入りませんでした。中央の畝も堀底から3mほどあり、ほぼ完存でしょう。
搦手郭(?)
主郭から二重堀切を挟んだ南側の廓です。幅4−5mほどの痩尾根で、自然地形なことから郭として使用したかは不明です。
堀切
搦手郭(?)南側の堀切で、ここで城域は終わります。幅10m・深さ5−6m、中央を林道が通っているため改変されている可能性もあります。
増田方面(横手盆地南東側)
横手盆地南側の平野部には小野寺氏の支城(平城)が幾つかあり、新城山館から眺望することができます。新城山館はこれら支城群の「詰の城」として機能したのかも・・・・・。左上には鳥海山が、かすかに確認できます。