元本堂城
秋田県仙北郡美郷町(旧千畑町)浪花館ノ沢
立地・構造
 元本堂城は仙北平野の中央部東縁、真昼川左岸の独立丘陵(標高170m 比高60m)に築かれた山城で、東西に細長い稜線尾根を堀等で区画して郭を構築しています。東西550mの尾根頂部を主郭に東側に二の郭・三の郭が、西側には西郭(仮称)・西出丸(仮称)が配置された連郭式縄張りの城館です。西麓には水濠祉があったようで、根小屋(居館)を含む惣構えも想定されます。  (元本堂城図
歴史・沿革
 城主本堂氏は鎌倉期に陸奥国和賀郡に入部した和賀氏の庶流とされます。南北朝期の観応3(正平7 1352)年、和賀薩摩守基義が足利尊氏から戦功として山本郡内安本郷・安城寺郷・雲然郷を給され、一族(庶子か?)が仙北郡に入部し、元本堂城を築いて居住したとされます。天文年間(1532−55)、本堂義親の代に平城(本堂城)を築き移住し、以後 元本堂城は本堂氏の「詰の城」として機能したと考えられます。慶長5(1600)年の「関ヶ原の戦」後に本堂忠親が常陸国志筑に転封になると廃城になったとされます。
元本堂城  遠景
メモ
本堂氏初期の館城
形態
山城
別名
 ・・・・・
遺構
郭・堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成16(2004)年11月4日
平成18(2006)年5月27日
元本堂城遠景
南西側から見たところです。城は東西に延びた独立丘陵上に位置し、北・南側は断崖になっています。
西端の郭
城へは西麓の八幡神社参道から入ります。西端には八幡神社が祀られています。ここも郭だったと思われます。ここからは藪コギになります。
西出丸
八幡神社から少し登るとここに出ます。大手方面を監視する施設と思われます。削平状況はよくないです。
堀切
西出丸・西郭間の堀切で、上辺7−8m、西郭側の切岸は5−6mほどあります。完全に尾根を分断しています。
西郭
東西100m×南北30m。東から西側に低い段差で3−4段に削平されているようです。相当数の兵の駐屯が可能です。
北側城壁
元本堂城の北・南側斜面は急峻な断崖になっています。写真は西郭北側の城壁です。
主郭
東西40m×南北50m。城内最高所に位置し、東側には階郭式に二の郭・三の郭と繋がります。しかし藪が醜い・・・・・ 西側は上辺5−6mの堀切で西郭と分断され(写真左上)、側面は堀底から4−5mの切岸が普請されています(写真右)。
堀切
主郭・二の郭間は上辺4−5m、深さ3−4mの堀切で分断されています。元本堂城はなだらかな尾根に位置するため各郭間の比高は少ないようです。
二の郭
東西110m×南北50m。城内最大規模の郭です。内部は無整備状態で藪々・・・・・
堀切
二の郭・三の郭間の堀切で、幅7−8m・二の郭側の切岸は5−6mほど。
三の郭
東西50m×南北60m。東西に2段に削平され、東側には帯状の郭が1段巻かれています。
空堀
三の郭東側の堀で丘陵基部と城域を分断しています。この堀は四重堀とされていますが現在確認できるのは1条のみ。さらに東側に進むと林道が南北に走っているため、もしかしたら建設で消滅したのかも・・・・・