光 徳 寺
新潟県村上市羽黒口
 正式名称常照山法善院光徳寺。村上城南西麓、三の丸内羽黒口に位置する村上藩主内藤家の菩提寺です。宗派は浄土宗。創建は正保元(1644)年、当時 陸奥国棚倉藩主だった内藤信照が源蔵和尚を招いて棚倉城下に開基したことを初源とします。享保5(1720)年、内藤豊前弌信(かずのぶ)の代に内藤家が越後国岩船郡に移封となると、光徳寺はこれに随行して村上城下に移され、100石の寺領を宛がわれました。もともと光徳寺の地には前藩主堀家の菩提寺英倫寺、榊原家の瑞峰寺、松平家の菩提寺天休院があったとされます。本尊は阿弥陀如来、境内には平成元(1989)年 東京広尾の東北寺から移された内藤家歴代藩主、一族の墓碑が安置されています。(村上市指定史跡)  (場所はココです)
 本堂
規模は間口十四間(約25.4m)×奥行十間(約18.2m)。内部には本尊の阿弥陀如来、脇侍の観音菩薩と勢至菩薩が安置されています。
 村上藩主内藤家の墓所
平成元(1989)年、東京広尾の東北寺から歴代藩主一族の墓碑がすべて光徳寺に移され、代ごとに安置されています。
 初代信成公の墓碑
戒名は「法善院殿陽竹宗賢大居士」
 (右から)二代信正公、三代信照公、四代信良公の墓碑
寺号である光徳寺は二代信正公の戒名「光徳院本誉善寿宗学」に由来します。
 (右から)五代弌信公、六代信輝公、七代信興公の墓碑
 (右から)八代信旭公、九代信凭公、十代信敦公、十一代信思公の墓碑
 (右から)十二代信民公、十四代信任公、十五代信利公の墓碑