延命地蔵尊
秋田県にかほ市(旧仁賀保町)伊勢居地字谷地
 創建時期・由来ともに不明。拝殿の創建は文化12(1815)年、遊仙寺の修験僧宥照(いうしょう)和尚の発願によるもの。宥照の勧進状『知識文地蔵堂也』には「殊に十万檀那の助成をこうむりて、地蔵堂精舎一宇を造立せんと請う。状修造の旨趣というのは、薩埵の威力をもって現世には三宝の擁護を仰ぎ、面していよいよ安穏なり。後世には地蔵の悲願によって密厳華蔵の本宮に安住せん。それおもんみれば、地蔵薩埵は六道能化の大士、二仏中間の道師なり。ここに勧進沙門宥照日々万人の奉加を乞い、微塵積りて山と成り、一滴聚りて海を湛える。 ・・・・・・・・・ 多少を論ぜずただ助成あるのみ。望みのため貴賤を選ばずひとえに奉加あらんを尊しとなす。若少の面々少施をもって広博の仏身をいたす。おのおの微功をもって大事の因縁をなす。よって勧進の状件の如し 羽州由理郡遊仙密寺勧進沙門、教典房之宥照。敬白。」と記されています。また地蔵尊像は慈覚大師の作と伝えられ、江戸期には遊仙寺が地蔵別当をつとめていました。例祭は毎年7月24日に執り行われ、これは矢島の愛宕神社の例祭と同じことから矢島生駒氏の分家伊勢居地生駒氏に関連したものなのでしょう。   (場所はココです)
 遊仙寺山門
 出羽三山碑
 拝殿