芹田館
秋田県にかほ市(旧仁賀保町)三森
立地・構造
 芹田館は仁賀保平野の中央北部、白雪川右岸の低丘陵(比高10−15m)に築かれた丘城です。城の規模は推定東西150m×南北250mほど、内部は低い段差でいくつかの郭に分けられていたと思われますが、開墾等により不明瞭になっています。館は南側を流れる白雪川を自然の濠とし、東・北・西側は堀で区画されていたと思われます。全体的に規模は大きく、基本的には白雪川流域を開発するための拠点として築かれた在地領主の日常居館と思われます。現在、内部は雑木林・耕作放棄地になっています。

 築城時期は不明。館主芹田氏は仁賀保郷から発生した村落領主と推測され(一説には大江氏を祖と称しているようです)、室町期 大井友挙が由利郡に入部して勢力を広げた際 その支配下に組み込まれ、以後 由利十二頭仁賀保氏の与力を務めていたと思われます。(芹田氏を由利十二頭のひとりに組み込んでいる資料もあるようですが、天正1
8年 豊臣秀吉が発給した知行宛行状に芹田氏の名はなく、仁賀保氏の支配下にあったと見るのが妥当でしょう) 慶長5(1600)年の「関ヶ原の戦」後、仁賀保挙誠は常陸国武田に転封となりましたが、芹川氏嫡流はこれに同道せず帰農し、この頃 芹川館は破却されたものと思われます。
歴史・沿革
芹田館  本郭内部
メモ
由利十二頭 仁賀保氏の与力
芹田氏の居館
形態
丘城
別名
美濃輪館
遺構
郭(平場)・櫓台?・石積?
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成25(2013)年4月29日
芹田館は平沢市街地の南方、白雪川北岸の小高い丘に築かれた丘城です。(写真左上ー北側からの遠景) 館は南側を流れる白雪川を自然の濠とし、東・北・西側に堀を穿っていたと思われますが痕跡は見られません。(写真右上ー北東側の堰) 内部は雑木林・耕作放棄地になっていて歩きずらいものの、低い段差で幾つかの平場に分割されていたようです。(写真左) でっ、遺構としては南東部に櫓台らしき土壇があり、規模は高さ5−6m・方10m四方ほど。(写真左下) また北西側の側面には石積らしきものが数ヶ所見られます。(写真右下)