白坂館
秋田県大仙市(旧西仙北町)西仙北町白坂
立地・構造
 白坂館は雄物川の支流大沢川左岸の北側に延びた舌状台地先端(比高30m)に築かれた平山城で、丘陵を空堀で区画した4郭(北から北出丸・北郭・主郭・南郭)からなります。城域は東から北側に西流する大沢川を自然の濠として城縄張りに取り込み、東・西側は湿地帯だったと推測されます。
歴史・沿革
 築城時期・館主ともに不明。一説では楠木正成の子孫正家が居住したと伝わり、また打越城との名称から由利十二頭打越氏に関連した城郭との説もあるようです。戦国期には角館城主戸沢氏の重要な基幹道路刈和野街道が通っていることから、戸沢氏に属した在地勢力が居住したと推測されます。
白坂館  西側からの遠景
メモ
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別名
打越城
形態
平山城
遺構
郭・堀・土橋?
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成16(2004)年9月18日
平成20(2008)年6月13日
白坂館遠景
西側から白坂館を見たところ。白坂館は比高30mの小高い丘に築かれた館城です。
大沢川
白坂館の東から北側には大沢川が流れ、自然の濠として城縄張りに取り込まれ、往時周囲は湿地帯だったと推測されます。
北出丸
白坂館北端には物見と思われる小郭が配置されています。周囲からの比高は10mほど、内部は径20mの円形で本丘陵とは尾根鞍部で分断されています。現在は稲荷神社(写真右)が祀られています。
空堀
主郭・北郭間は幅15−20m・深さ7−8mの空堀で分断されています。尾根鞍部を利用したものと思われますが、カメラにも納まりきらない巨大なシロモノです。写真では藪しか写っていませんが・・・・・
主郭
東西30−40m×南北50−60mほど。内部(写真左上)は藪化が進み見通しは効きません。南側には高さ3−4m・5−6mの段差で区画された幅8−15mの郭(写真右)が2段配置され、下段の郭から南郭へは土橋状の通路(写真左下)で繋がっています。
丘陵基部
南郭から尾根続きの鞍部には城域を仕切った堀(自然地形を利用)が想定されます。現在、鞍部部分は車道で切通状に改変されています。
大沢川流域
白坂館は館の北から西側を通る刈和野街道(角館から刈和野・由利)を一望にできる要衝で、街道の監視機能を担っていたと想定されます。写真は館西側の大沢川に沿った小谷で、刈和野街道はここを通り雄物川南岸を経て由利郡に繋がっています。