飯森館
秋田県男鹿市富永字飯森
立地・構造
 飯森館は八郎潟潟西南岸に張出した独立丘陵(通称飯ノ森 比高20m)に築かれた丘城です。城の規模は東西70m×南北150mほど、城縄張りは東西堀で仕切られた南北の2郭構造になっていて、周囲の斜面は帯郭群で加工されたシンプルな構造のようです。同地は潟西街道を扼する要衝に位置します。

 築城時期・築城主体ともに不明。一説には永禄年間(1558−70年)、湊安東氏配下の安東脩季が居住したとされます。元亀元(1570)年、檜山安東愛季は湊安東家を併合すると脇本城を改修して居城としましたが、この際 飯森館も支城として改修されたと推測されます。なお「飯の森」は鎌倉期、橘公業の所領として記録されています。(「飯の森」の範囲は不明)
歴史・沿革
飯森館  南西側からの遠景
メモ
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形態
丘城
別名
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遺構
郭(平場)・堀
場所
場所はココです
駐車場
飯ノ森公民館の駐車場借用
訪城日
平成18(2006)年9月14日
飯森館は八郎潟の南西部、飯ノ森集落に囲まれた小高い丘に築かれた丘城です。(写真左上ー南側からの遠景) ま〜〜〜、城へは簡単にアプローチできると思っていたのですが・・・・・・・・・、周囲は民家に囲まれているため入り込むことができず。でっ、北東側に神社の登り口を発見!!!。(写真右上) ただしこれも中腹の稲荷神社までしか道はなく。(写真左) でっ、神社の背後から登れそうかと思ったものの、予想以上に藪が濃くムリ!!!。ということでここで退却しましたが、実際のところ神社から5mも登れば頂部の平場に辿り着けるようです。