双六館
秋田県男鹿市椿館山崎
立地・構造
 双六館は男鹿半島の中央南岸、北から日本海に突き出した丘陵上(海面から比高30m)に築かれた岬城です。城の規模は東西100m×南北330mほど、北側の鞍部を自然の堀切とし、北側を除く三方は日本海に面した断崖絶壁になっています。内部は鞍部を移用したと思われる堀で仕切られた南北の3郭構造になっていて、大きくは南から御前落し・上台・下台が連郭式に敷設されています。規模は御前落しが東西40m×南北50m、上台が東西40ー50m×南北100m、下台が東西80m×南北100mほど、3郭ともに内部は低い段差で複数の郭に加工されています。大手筋は北西側から上台・下台間の堀に繋がるルートが想定されます。基本的には天然の要害地形を巧みに利用した在地領主の館城と思われます。

 築城時期・築城主体ともに不明。戦国末
期の城主は湊安東氏の一族安倍千寿丸と伝えられます。天正16(1588)年に勃発した「第二次湊騒動」(安東氏の内訌)の際、安倍千寿丸は湊安東方に与したため、翌17(1589)年 双六館は檜山安東方の脇本城主脇本五郎脩季の攻撃を受けて落城したと伝えられます。
歴史・沿革
双六館  上台・下台間の堀
メモ
湊安東氏庶流の館城
形態
岬城
別名
館山 
遺構
郭・土塁?・虎口?・堀・土橋
場所
場所はココです
駐車場
椿漁港の駐車場借用
訪城日
平成18(2006)年6月16日
平成18(2006)年11月9日
双六館は日本海に張り出した通称館山崎に築かれた岬城です。(写真左上ー東側からの遠景 写真右上ー西側からの遠景) でっ、城は北側の丘陵続きを丘陵鞍部を利用した堀切で断ち(写真左ー中山峠)、周囲は岩盤剥き出しの高さ30m以上の断崖になった天然の要害地形に位置します。城へは北西側の椿漁港の脇から登山道が設けられ(写真左下)、ここを登り切ると虎口らしき?切り込みに辿り着きます。(写真右下) このルートが往時の大手なのかな〜〜〜?。
でっ、虎口部分は上台・下台間の堀に繋がっています。(写真左上) 堀は鞍部を利用した巨大なもので幅30m以上、下台側の切岸は10m以上あります。(写真右上) 
上台(写真右)
規模は東西40ー50m×南北100mほど、内部は南から北側に低い段差で6−7段の段郭に加工され、南端の上部には海上照明施設が建てられています。(写真左下) でっ、この施設の南側には土塁らしきものも見られますが、土塁なのかな〜〜〜?(写真右下)
上台・御前落し間は西側から入り込んだ沢で狭められ、幅2m弱の土橋で繋がっています。(写真左上)
御前落し(写真右上)
双六館南端の郭で規模は東西40m×南北50mほど、内部は2mの段差で区画された東西の2郭からなります。(写真左ー西側の上段) でっ、「御前落し」の由来は双六館落城時、安倍千寿丸の奥方がここから海に身を投じたことによります。(写真左下ー御前落し西側の断崖)
下台(写真右下)
規模は東西80m×南北100mほど、天正17(1589)年 脇本五郎はここに陣を構えたと伝えられます。