院 内 関 所 祉
秋田県湯沢市(旧雄勝町)上院内
 慶長7(1602)年、秋田に転封してきた佐竹義宣は雄勝峠(杉峠・院内峠・及位峠)を開削して羽州街道をそれまで利用されていた有屋峠から雄勝峠越に付け替えました。そして慶長13(1608)年、義宣は雄勝峠に近く、藩領の出入口になっている上院内に関所を設けると、院内鎮将として矢田野安房守義正を院内に配し、「国境い」の出入りと院内銀山の警備にあたらせました。その後、延宝8(1680)年 矢田野氏に代わって大山因幡守義武が院内所預りとなり、明治2(1869)年に関所が廃止されるまで、大山氏が院内関所を警備したとされます。なお関所の重要な任務として国境警備のほか、通行人からの通行税の徴収、院内銀山から搬出された鉱物に対する課税など多岐にわたり、佐竹藩の重要な財源となっていました。  (場所はココです)
 「院内関祉」の碑
 院内関所祉