し な の 館
秋田県湯沢市(旧雄勝町)秋ノ宮字館ヶ沢
立地・構造
 しなの館は役内川中流域の左岸、神室山塊から北方向に延びた支尾根先端の頂部(標高407m 比高190m)に築かれた山城です。規模は東西150m×南北300mほど、城縄張りは頂部に構築された主郭を中心に北方向に展開され、北側の突端には北郭が設けられ、南側稜線を5重堀切で遮断して城域を区画しています。規模は主郭が東西15m×南北25m、北郭が東西20−25m×南北25mほど、両郭間は急傾斜の痩尾根で繋がっていて、途中の尾根を二重堀で遮断し、導線は東側側面を迂回して主郭・北郭間を繋いでいます。しなの館の見どころは主郭の東側斜面に敷設された28−29条の畝状竪堀群で秋田県内で見られるものとしては最大のもの。また南側稜線を断ち切った五重堀は長大な竪堀をともなったもの。1条目の堀切は南西側に廻り込む横堀に変化し、南西側の斜面を五条の竪堀で刻んでいます。全体的に規模の小さい城砦ですが、同地は有屋峠を越えて役内川沿いに雄勝に繋がる基幹街道が通っており、これを監視・守備するために取り立てられたと推測され、周辺には矢倉館影平館椛山館浅萩館等 同規模の城砦があります。
しなの館概念図

 築城時期・築城主体・館主ともに不明。天正年間(1573−91年)、有屋峠に繋がる役内川流域は横手城主小野寺義道と山形城主最上義光の軍事緊張が高まったため、義道は役内川流域から横手城に繋がるネットワークを整備し、しなの館はこの頃 築城(改修)されたと推測されます。
歴史・沿革
しなの館 主郭南側の大堀切
メモ
小野寺氏の役内川城砦群
形態
山城
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・土塁・虎口・堀
・畝状竪堀群
場所
場所はココです
駐車場
国道108号沿いに駐車可能
な路側帯あり
訪城日
平成20(2008)年4月13日
平成26(2014)年5月 8日
しなの館は役内川の中流域、野中地区背後の丘陵上に築かれた山城です。(写真左上ー北側からの遠景) でっ、館へは特に登山道はなく、管理人はまずは野中地区南側の未舗装道路へ入り(写真右上)、北麓の砂防ダム方向へ進みました。(写真左ー砂防ダム) でっ、ダムの脇から約50−60m直登して北側の稜線を目指します。(写真左下) 稜線に辿り着いたら、あとは尾根を辿って南進するのみ(写真右下)、しばらく進むとあきらかな段差が見られ、北郭に辿り着きます。
(写真左上) 北郭北側の段差
北郭(写真右上)
規模は東西20−25m×南北25mほど、L状に折れ曲がった尾根を加工した平場で、1m弱で段差で南北の2段構造になっています。(写真右上ー北下段 写真右ー南上段) でっ、西側縁部には天幅2−3m・高さ1m弱の土塁が築かれ(写真左下)、東側斜面には3−4段の不規則な帯郭群が敷設されています。(写真右下) 帯郭群は幅2−3mほど。ま〜〜〜、大手筋を守備する出丸的な性格の郭だったのでしょう。
(写真左上) 北郭東側の帯郭群
北郭・主郭間はケッコウ傾斜のキツイ尾根で繋がっていて、北郭に繋がる北側部分は8−9段の段郭群に加工されています。(写真右上 写真ではわかりずらいですが・・・・・・・・・) でっ、段郭群の上段から導線は稜線の東側側面に設けられ(写真右下)、稜線は高低差の大きい二重堀切で遮断されています。(写真左)
(写真左上) 二重堀の外堀、3−4m切り落とし
(写真右上) 二重堀の内堀、7−8m切り落とした規模の大きい堀切(写真ではわかりずらいですが・・・・・・・・・)
 
二重堀を越えたあと導線は尾根上に迂回し(写真右)、主郭に繋がっていて(写真左下)、この間 導線は3−4段の小郭群を通るように設定されています。(写真右下ー小郭群)
主郭(写真左上・右上)
頂部に築かれ規模は東西15m×南北25mほど、郭中央部には以前 太平山神社が祀られていたようですが・・・・・・・・・、現在は遷されたようで旧社殿がペッチャンコになっています。でっ、主郭の北ー東ー南側斜面は不規則な3−4段の段郭群に加工されています。(写真左ー東側の段郭群2段目 写真左下ー東側の段郭群3段目 写真右下ー南側の段郭群2段目)
しなの館最大の見どころは主郭の東側斜面をビッチリ切り刻んだ28−29条の畝状竪堀群でしょう。(写真左上・右上) 畝の最大高は1.5mほど、秋田県内に残る畝状竪堀群としては量・規模ともに最良な遺構です。
主郭の南側稜線を遮断した五重堀もしなの館の見どころのひとつで、1条目の堀切は幅15m・深さ10m以上ある巨大なもの。(写真右) でっ、西方向に延びた竪堀は途中で横堀に分岐し(写真左下)、横堀からは5条の畝状竪堀群が放射されています。(写真右下)
(写真左上・右上) 南西側の5条の畝堀群、東側の連続竪堀群は見ずらい箇所もありますが、こちらはほぼ完存し見やすくなっています。
南側稜線を断ち切った5条堀切は尾根幅の狭まった鞍部を利用したものではありますが、ケッコウ豪快なもので、近場の小野城草井崎城で見られる多重堀より規模は大きいです。
(写真左) 2条目の堀切、幅6−7m・深さ3−4mほど。
(写真左下) 2条目と3条目の堀切
(写真右下) 3条目の堀切、幅5−6m・深さ3−4mほど。
(写真左上) 4条目の堀切、幅6−7m・深さ3−4mほど。
(写真右上) 5条目の堀切、7−8m切り落とした規模の大きいもの。
(写真右) 5条の堀切群は長大な竪堀をともなっています。写真は西側斜面に延びる1条目の堀切の竪堀。