大沢城
秋田県横手市(旧雄物川町)雄物川町大沢
立地・構造
 大沢城は横手平野の中央西部、雄物川西岸の微高地(比高10m弱)に築かれた丘城(平城)です。城の規模・構造ともに不明ですが、城の北・南側には小河川が切り込み、自然の濠としていたと思われます。
歴史・沿革
 築城時期・築城主体・城主ともに不明。小野寺氏が由利勢力の抑えとして取り立てた番城と推測され、天正10(1582)年の「大沢山の戦」では小野寺勢の拠点として機能したとされます。(管理人は「大沢山の戦」に関しては疑問視していますが・・・・・・・・)
大沢城  南側の濠祉
メモ
小野寺氏の番城?
形態
丘城
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・濠祉
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成25(2013)年4月13日
大沢城は大沢地区の南方500m、南北に入り込んだ雄物川の小支流を自然の濠とした段丘上に築かれた丘城(平城)です。(写真左上ー北側からの近景 写真右上ー北側の濠 地竹川 写真左ー南側の自然の濠 幅50mあり) とはいうものの内部は耕作地に改変され遺構等は皆無。規模・構造等は不明ですが、相当広い平場になっています。(写真左下) 中世、この地には由利に繋がる本荘街道が通っており、これを扼する小野寺氏の番城・兵の駐屯所として、大沢城の北東1kmに位置する館森館とセットで機能したと思われます。(写真右下ー本荘街道の通る大沢地区方向)