餌釣館
秋田県大館市餌釣
立地・構造
 餌釣館は米代川の右岸、浸食谷が切り込み南西方向に張り出した舌状台地先端(比高20m)に築かれた単郭の平山城で、規模は東西90m×南北120mほど。西側は段丘崖で、北・南側は浸食谷を自然の堀とし、東側は幅7−8m・深さ3−4mの堀を南北に穿ち浸食谷に接続して丘陵部と城域を分断しています。餌釣館は比高差が低く広い平場になっていることから日常生活の居館として築かれたと想定されますが、また南側の米代川沖積平野を見下ろす要衝地に位置することから、開発拠点として築かれたとも考えられます。
歴史・沿革
 築城時期は不明。館主は『浅利與市侍分限』に記された比内浅利氏の被官池内権助と推測されています。池内氏の出自・事績は不明ですが在地発生の開発領主と推測され、『長崎氏旧記』には「此時池内権助酌に立て勝頼を討たんとす、・・・・・・其後比内市里(餌釣周辺か?)と申す処にて、嫡子頼平次男頼広、権助を見掛、追掛南部門野と申処にて権助を討取り候由」と記され、天正14(1586)年に浅利勝頼が檜山城で安東愛季に謀殺された際、権助が安東氏に加担したとして勝頼の子頼平・頼広に討ち取られたことが記載されています。
餌釣館  南西側からの遠景
メモ
比内浅利氏の被官
池内氏の居館
形態
丘城
別名
・・・・・ 
遺構
郭・堀・土橋?
場所
場所はココです
駐車場
日吉神社駐車場
訪城日
平成21(2009)年5月26日
現在、館祉は日吉神社(写真左)の社地になっていますが、内部は全体を見渡せないほど藪化しています。唯一確認できるのが東側に残る堀(写真右)です。