七ッ館
秋田県大館市花岡町字七ッ館
立地・構造
 七ッ館は比内盆地の北部、花岡川右岸の独立丘陵上(比高10−15m)に築かれた丘城です。城の規模は東西60m×南北150mほど、段丘上を加工した単郭の城館と推測されます。(複郭構造の可能性もありますが・・・・・・・・・) 同地は花岡川とその支流の合流地の南側に位置しており、往時 周囲は花岡川の湿地帯だったと思われます。また北側には七ッ館に連なった独立丘陵が4−5ヶあり、「七ッ館」はこれらの丘陵を含めた名称とされます。

 築城時期・築城主体ともに不明。『郷村史略』には「古城七ッ館といふ城形の森七ッ有、此故ニ名とす。昔出羽の庄司といふ者居すと 浅利定頼居す。・・・・・・・・・・、城址桂清水といふ田水の元也」と浅利定頼の居館としています。浅利定頼は比内浅利氏中興の祖と言われる浅利則頼の
弟とされ、天正年間(1532−55年)の『浅利與市則頼侍分限帳』には「御一家衆 花岡之城主 浅利治朗吉」と記されており、七ッ館は花岡城の支城だったと推測されます。
歴史・沿革
七ッ館  北西側からの遠景
メモ
比内浅利氏の支城
形態
丘城
別名
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遺構
・・・・・・・・・
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成25(2013)年6月9日
七ッ館は花岡市街地の北西部、花岡川西岸の独立丘陵に築かれた丘城です。(写真左上ー北西側からの遠景 写真右上ー北東側からの遠景 写真右ー東側からの近景) でっ、城址の北麓には信正寺があり、寺を目印にすると場所はわかり易いと思います。(写真左下) 肝心の城址ですが、南側は集合墓地に改変され、北側は藪茫々・・・・・・・・・、特に城郭遺構は確認できず。なお東麓には「桂井戸」と呼ばれる湧水があるようですが未確認。また北側には七ッ館に連なる独立丘陵が4−5コあって、これらを含めて「七ッ館」と称したようです。(写真右下ー現在は残丘痕が残るのみ)