保呂羽山 波宇志別神社(はうしわけじんじゃ) 神楽殿
秋田県横手市(旧大森町)大森町八沢木字宮脇
 横手市大森町の八木沢地区は古くから地域全域が保呂羽山の神域に位置付けられ、保呂羽山を中心に周囲にはいくつかの社殿が創建され、波宇志別神社神楽殿もそのうちのひとつとされます。社伝縁起によると波宇志別神社の創建は天平宝字元(757)年、大友吉親が大和国吉野の蔵王権現を勧請して開基したことを初源とし、『延喜式神名帳』にも記載された式内社(出羽国九座のひとつ)です。中世には大伴氏の末裔大友家が別当を務め、近世には大伴家と物部家が交代で別当を務めるとともに、久保田佐竹藩の社家大頭役に任ぜられました。御祭神は安閑天皇、火産霊神、須佐之男命、菊理姫命、大日孁命、菅原道真、金山毘古命、稻倉魂命、大名持神、少彦名命、岩戸別神、八意思兼命、伊邪那岐命、経津主命、猿田彦命、天津御女命、健御名方命、応神天皇、大山祇命、大山咋命が合祀されています。昭和55(1980)年、国の重要文化財に指定。また例年11月7日の例祭で奉納される「霜月神楽」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。  (場所はココです)
鳥居 
参道・境内 
扇池 
神楽殿 
太い円柱と舟肘木などの形式から室町時代後期の建築物と推測されます。また母屋の前後に(ひさし)を延ばす「両流れ造り」は東北唯一の貴重な建築物です。
神楽殿 
神楽殿は平成2(1990)年から同4(1992)年にかけて全解体する修理工事がなされ、神楽殿の建立は永禄9(1566)年から天正12(1584)年の間と判明しました。また神楽殿の前身建物の存在もあきらかになり、礎石に残る柱跡から神楽殿と同規模の前身建物が鎌倉初期には建立されていたようです。
八幡堂祉