岩谷古館
秋田県由利本荘市(旧大内町)大内岩谷古館
立地・構造  岩谷古館は芋川中流域、岩谷地区の南端に位置する平山城(比高40m)で、北側を流れる芋川を自然の濠とし、丘陵頂部を主郭に西・南・東に延びる尾根を郭として削平しています。現在、主郭には給水施設が建設され改変されているようですが、東側の副郭(仮称)東端には三重空堀が見られ、ここが城域だったことが確認できます。   (岩谷古館図
歴史・沿革   築城時期・館主ともに不明。鎌倉期に由利郡を支配した由利氏(信濃小笠原氏)の十二陣代・岩谷元館に比定されています。この地は芋川中流域の沖積平野に位置し肥沃だったことと、芋川上流から仙北に向かう街道、折渡峠を通り亀田に向かう街道が合流する要衝に位置することから、鎌倉期には重要拠点だったと考えられます。戦国期には由利十二頭・岩屋氏の館城と推定され、永禄年間(1558−70)に岩屋朝盛が岩谷館を築き移り住むまで、岩屋氏本城として機能したと考えられます。
岩谷古館  遠景
メモ 由利十二頭
岩屋氏初期の館城
形態
平山城
別名
・・・・・・ 
遺構
郭・空堀
場所 場所はココです
岩谷地区芋川沿いの丘陵
駐車場
路上駐車
訪城日
平成19(2007)年1月21日
西郭(仮称)
主郭へ向かう舗装道路の左側は西郭(仮称)と考えられる郭です。3−4段に階段状に削平されていますが、開墾等も考えられ判然としません。
空堀
主郭・西郭(仮称)間の空堀で幅10mほどあります。
南郭(仮称)
主郭の南側に突き出した尾根に位置します。東・南・西側は急斜面の断崖になっていて、主郭側は舗装道路ではっきりしませんが堀切(空堀)だったようです。内部は2−3段に削平され、南端には櫓台状(写真右)の高みがあります。
主郭方向
南側の舗装道路から主郭方向を見たところです。ここから主郭まで比高10−15mほどあり、前面は西郭(仮称)間の空堀になります。
太田妙見社
主郭から南東側にも小尾根が派生しています。ここには太田妙見社が祀られていますが、郭だったと思われます。
主郭
東西に細長い郭で、西側には給水施設がありますが、当然改変があったと思われます。ここからは岩谷地区が眺望できます。主郭北側にも小尾根(写真右)が派生し、ここが大手筋だったと想定されます。主郭周囲は急峻な断崖で、東側は高さ3−4mほどの切岸(写真左下)で区画されています。
副郭(仮称)
主郭の東側に位置する郭で、北側が土塁状に高くなっています。東端には尾根を分断する三重空堀が穿たれています。
三重空堀
副郭(仮称)と東側尾根を分断する空堀です。現在はかなり埋没していますが、幅5−6m、深さ2m位あります。