中帳館
秋田県由利本荘市(旧大内町)中帳
立地・構造
 中帳館は小関川左岸の河岸段丘上(独立した小高い微高地 比高5−6m)に築かれた丘城です。城の規模は東西180m×南北100mほど、小郭を敷設していますが基本的には単郭の城館と推測されます。現在、城址周辺は水田になっていますが、往時は小関川の氾濫原を自然の濠に見立てて築かれたと思われます。同地は本荘から仙北に繋がる刈和野街道が通る要地ですが、館の要害性は薄く、基本的には開発領主の日常居館として築かれたと推測されます。
 
 築城時期・築城主体・館主ともに不明。一説には鎌倉中期、この地に入

中帳館概念図
部した大井光長が居住したとも。(光長は信濃大井氏の嫡流だったため、本人が下向したとは考えられず、大井氏の一族あるいは家臣が代官として入部したと思われますが・・・・
・・・・・?) また文明年間(1469−86年)、子孫と思われる大井光昌は由利維幹(滝沢氏か?)との抗争で討死したと伝えられます。
歴史・沿革
中帳館  北西側からの遠景
メモ
・・・・・・・・・
形態
丘城
別名
浦田の館
遺構
郭(平場)
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成23(2011)年4月24日
中帳館は小関川南岸の河岸段丘上に築かれた丘城で、周囲の水田面より5−6m高い独立した微高地に選地して構築されています。(写真左上ー北東側から 写真右上ー北西側から) 現在、周囲は水田になっていますが、往時は小関川の氾濫原を自然の濠としていたと推測され、軍事拠点的な性格より開発領主の拠点として築かれたと思われます。
 
(写真左) 北側の段丘崖
(写真左下) 南側の段丘塁線
(写真右下) 東端部
本郭(写真左上)
内部の規模は東西180m×南北100mほど、内部は耕作地・荒地になっています。小高い微高地を利用しているため、塁線は直線を基調とはしておらず、北・西側には不規則に細長い帯郭が敷設されています。(写真右上ー西側の帯郭 写真右ー北西側の帯郭  帯郭は後世の改変によるものかも・・・・・・・・?)