堀田城
秋田県大仙市(旧仙北町)払田館前
立地・構造
 堀田城は矢島川左岸の独立丘陵上(標高65m 比高40m)に築かれた平山城で、東・西2つのピークに構築された東郭・西郭の2郭からなります。このうち東郭が主郭と考えられ、南西側に2段の腰郭が、西・北・東側には2−3段の帯郭が配置され遮断ラインとなり、西郭は東側に2段の腰郭が、北・西・南側に帯郭が巻かれています。また堀田城の北麓には幅10mの水濠祉が確認できます。
歴史・沿革
 築城時期は不明。堀田城の初源は古代蝦夷地開発の拠点となった払田柵とされ、室町期には在地勢力堀田氏の居城だったと推測されます。堀田氏の出自・事績は不明ですが、堀田城の東方1.5kmには本堂氏の本堂城があることから、本堂氏の与力だった可能性もあります。戦国末期には角館城主戸沢氏の勢力が仙北平野に伸張する過程で、戸沢氏の支配下に組み込まれたと考えられます。
堀田城  南側からの遠景
メモ
戸沢氏の被官 堀田氏の館城
形態
平山城
 別名  ・・・・・・・・
遺構
郭・濠祉
場所
場所はココです
払田柵西側の丘陵
駐車場
北麓に駐車スペースあり
訪城日
平成19(2007)年7月11日
北麓の水濠祉
堀田城の北麓には幅10mの水濠祉が残存しています。この水濠と堀田城の間には平場があり、居館が想定されます。
丘陵鞍部
東郭・西郭の中間に位置し、かなり広い空間です。公園整備で改変もあるようです。
西郭
西郭は東側に段差2−3mの2段の腰郭(写真上)が配置され、北・東・南側には幅2−3mの帯郭(写真左下)が巻かれています。東西60m×南北40m。
主郭方向
鞍部から東郭(主郭)方向を見たところです。内部は公園として整備され腰郭には遊具もあります。
八幡太郎の馬蹄石
由来等の説明はなく不明。たしかに「後三年の役」時はこのへんも戦場になったとは思うのですが・・・・・
主郭
東西60m×南北70m。現在は高梨神社(写真左)が祀られ社地になっています。南西側に2段、東・北側に1段の腰郭(写真右)が配置され、さらに西・北・東側に2段の帯郭が巻かれています。