戸 沢 氏 館
岩手県岩手郡雫石町西安庭
立地・構造
 戸沢氏館は御所湖の南岸、湖岸段丘先端に築かれた崖縁城らしいです。がっ、館祉は現在の沼田神社に想定されていますが、明確な遺構はなく、規模・構造ともに不明。基本的には北側を南川の段丘崖で、東ー南ー西側を堀と土塁で画した単郭構造の方形館と思われます。

 築城時期は不明。伝承によると平安末期、この地に入部した和州三輪の住人 平衡盛(平清盛の従弟通正の嫡子)により築かれ、衡盛は在地名から戸沢氏を称したとされます。また一説には戸沢氏はもともと 奥州藤原氏に仕えた雫石荘の開発領主だったとも。文治元(1185)年、奥州藤原氏が滅亡すると衡盛は源頼朝に臣従して所領の安堵を受けます。しかし鎌倉初期、衡盛の嫡子兼盛は新たに地頭職として陸
奥に入部した鎌倉御家人(工藤・河村・南部eic)の圧迫を受け、奥羽山脈を越えて出羽国に拠を移したとされます。兼盛の退去後、戸沢氏館には一族のものが据えられたとされますが詳細は不明。
歴史・沿革
戸沢氏館 館祉に祀られる沼田神社
メモ
仙北戸沢氏の発祥の城
形態
崖縁城(平城?)
別名
・・・・・・・・・
遺構
・・・・・・・・・
場所
場所はココです
駐車場
沼田神社の鳥居前に
若干の空地あり
訪城日
平成29(2017)年7月6日
戸沢氏館は御所湖南岸に築かれた崖縁城らしいです。(往時は御所湖は存在せず、南川の河岸段丘先端に築かれていたようです) でっ、現在の沼田神社境内が館祉らしいのですが・・・・・・・・、特に遺構等は認められず。(写真左上・右上・左下) 沼田神社は戸沢五郎(って 誰?)が創建した戸沢氏を祀る神社で、境内には戸沢氏の姫の墓碑もあるようですが ・・・・・・・・・、未確認。なお平成28(2016)年11月23日、雫石町では戸沢氏ゆかりの自治体を集めて「戸沢サミット」が開かれ、この際 神社境内に記念植樹がなされたようです。(写真右)