抱 返 神 社
秋田県仙北市(旧田沢湖町)田沢湖卒田字黒倉
 創建時期は不明。伝承によると「前九年の役」(1051−62年)の際、源義家は安倍貞任の籠る厨川柵を攻撃するためこの地で持仏を祀って戦勝祈願し、持仏を懐に抱いて戦いに勝利しました。その後、この地に戻った義家は戦勝できたのは持仏の加護のおかげと堂宇を建てて懐の持仏を祀ったのが抱返神社の初源とされます。『神社由緒書』によると江戸初期の寛文13(1673)年、抱返村開村の際 水源確保のため 大和国丹生川神社から御分霊「タカオカミノカミ」「クラオカミノカミ」を勧請して水波能売神(みずはのめのかみ)を奉斎したと伝えられます。その後、延宝3(1675)年、社殿と長床が創建され、抱返村の鎮守とされました。明治以前の名称は「水尺神社」、明治初年に「抱返神社」に名称変更。   (場所はココです)
 社殿
 社殿
 境内
 玉川先賢彰徳碑
仙北平野に流れ込む玉川の源水は強酸性の水で、このため古くから魚は棲まず、また農業の足枷になっていました。そして江戸期から「玉川毒水」を排除する工事が事業化され、現在に至っています。碑は昭和13(1938)年、仙北郡教育会が玉川の徐毒作業に取り組んだ先賢者の偉業を称え偲び、後世に伝えるものとして建立されたものです。