清心尼公の墓碑
岩手県遠野市松崎町光興寺
 清心尼(八戸ねね)は八戸南部十九代直栄の娘で、庶流の新田家から養嗣子として八戸家に入った新田(八戸)直政の正室です。慶長19(1614)年、直政が急死すると盛岡藩主南部利直は八戸家の改易と八戸領の併吞を目論みます。しかし直政夫人(ねね)がこれをかたくなに拒否し、八戸家の家名存続を訴えたため、利直は直政夫人の八戸家の家督襲名と新田政広(八戸氏庶流)の子直義の八戸家への養嗣子入りを認めました。そして寛永4(1627)年、八戸直義が伊達との藩境遠野への移封を命ぜられると、清心尼もこれに同道し 正保元(1644)年、この地で没したとされます。享年59。  (場所はココです)
清心尼公の墓碑 
清心尼公の墓碑