関神館
秋田県鹿角市十和田大湯字関上
立地・構造
 関神館は大湯川右岸の河岸段丘先端(比高30m)に築かれた単郭の平山城で、東・南側は急斜面の断崖、西から北側は堀で区画しています。規模は東西30m×南北100mほど、現在 本郭には八幡神社が祀られています。本郭からは大湯川沿いの狭い沖積平野が一望にでき、基本的には開発領主の居館として築かれたと思われます。
歴史・沿革
 築城時期は不明。『鹿角由来集』には「一、関神村、関神安房領 本名成田 館有」と記され、館主は鎌倉初期に鹿角郡に入部した武蔵武士団成田氏から分派した関神氏とされます。鹿角郡に入部した成田氏は当麻城を拠点に庶流を各所に分知し、大湯川北岸を惣領支配したとされます。室町後期以降、鹿角は南部氏の支配を受け天文5(1536)年、南部政康は鹿角郡支配を強固なものにするため、五男靱負佐秀範を鹿角郡代として当麻城に入城させました。この際、関神館は南部氏と敵対する奈良氏(大湯氏)・安保氏(大里・花輪氏・柴内氏)に備えたと推測されます。
関神館  遠景
メモ
鹿角四十二館 鹿角四頭成田氏の庶流 関神氏の居館
形態
平山城
 別名
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遺構
郭・堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成19(2007)年5月23日
関神館は大湯川右岸の丘陵突端に築かれた平山城です。(写真左) 城へは西側の関上地区から館祉に祀られる八幡神社まで参道が敷設されています。でっ、途中には館祉を独立させた堀切が見られます。(写真左下) 規模は藪が酷くてわかりずらいですが、幅5−6mほど。八幡神社は南北に細長い本郭の南端に祀られています。(写真右下)