致 道 博 物 館 −御隠殿ー
山形県鶴岡市家中新町
 御隠殿のある場所は元和8(1622)年、酒井宮内大輔忠勝が庄内に入封した際、藩の御用屋敷だった場所で、慶安年間(1648−51年)には忠勝の次男 忠俊の屋敷地でした。文久2(1862)年の「生麦事件」以降、江戸幕府は非常事態に備えるため参勤交代を廃止し、翌3(1863)年 御隠殿は十一代藩主 忠発(ただあき)の隠居屋敷として建てられました。建物は江戸屋敷(柳原・下谷御殿)を解体して移築したものです。
(写真左上) 赤門
御隠殿と一緒に江戸から移築された門。
 
(写真右上・左) 御隠殿
 
(写真左下・右下) 庭園 
御隠殿北面にある書院庭園。築山林泉式庭園で鳥海山を借景として取り入れられています。作庭時期・作者等は不明。
(写真左上) 旧田川郡役所
明治14(1881)年、初代県令三島通庸の命により建築された洋風建物。同年、明治天皇の東北御巡幸の際には行在所となっています。
(写真右上)  旧鶴岡警察署庁舎
明治17(1884)年、建築された洋風建物。和・洋を巧みに融合させて設計されています。
(写真右・左下) 旧渋谷家住宅
湯殿山麓田麦俣から移築された多層民家。内部は三層四階構造になっていて、上層階は養蚕の作業場等で使用されていました。
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