龍源寺
秋田県由利本荘市(旧矢島町)矢島町城内
歴史・沿革
 龍源寺は旧矢島町にある曹洞宗の寺院で、近世打越氏・生駒氏の菩提寺です。山号は金嶺山、本尊は釈迦如来。元和9(1623)年、常陸国行方から矢島に移封した打越左近光久により創建され、白峰廣椿(はくほうこうちん)和尚により開山されたと伝えられます。しかし寛永11(1634)年、光久が嗣子なく死去したため打越氏は改易となり、同地は庄内酒井藩の預かりとなりました。寛永17(1640)年、生駒高俊が「生駒騒動」のかどにより矢島に減封移封されると、高俊は龍源寺を生駒氏の菩提寺に取り立て、以後 明治維新まで生駒氏が矢島に在住しました。境内には堂塔伽藍11、打越氏、生駒氏の墓所が置かれています。   (場所はココです)
山門(写真左上)
本堂(写真右上)
龍源寺は開創以来、二度の火災にあい、また「戊辰戦争」でも伽藍は消失し、現在の本堂は明治13(1880)年に再建されたもの。平成16(2004)年、国登録有形文化財に指定。
打越氏の墓所(写真左)
打越氏は中世「由利十二頭」の一家を祖とする徳川旗本。現在、墓碑は2基ありますが、どちらかが左近光久の五輪塔なのでしょう。
生駒家の墓所(写真左下)
生駒氏は藤原北家を祖とする旧織田家家臣。墓所にはいくつか墓碑がならんでいて、中央の大きな墓碑が壱岐守高俊のもの。(写真右下)