真壁館
秋田県横手市上境字館
立地・構造
 真壁館は横手盆地の北東部、横手川左岸の河岸段丘上(比高4−5m)に築かれた平城です。城の規模は東西140m×南北130mほど、北側を横手川に面した段丘崖で画し、東・南・西側を堀で区画した複郭構造の方形館だったようです。内部は東・西・南側の3郭からなり、それぞれ堀で仕切られ、北東側の郭が主郭、北西側の郭が二の郭とされ、主郭・二の郭の外側の両隅には角櫓が構えられていたと伝えられます。また南側の郭には「桐木屋敷」「大学屋敷」の地名が残っており、家臣の屋敷地が置かれていたと思われます。

 築城時期は不明。館主は小野寺氏に出仕していた村落領主真壁氏と伝えられます。真壁氏の出自・事
績は不明、『奥羽永慶軍記』によると館主と思われる真壁対馬守は天正14(1586)年の「有屋峠の戦」に参陣して討死したとされます。また同18(1590)年10月の太閤検地の際、大谷吉継が小野寺義道に交付した「仙北上浦郡指出目録」には「さかい 真壁内膳分」と記されています。 
歴史・沿革
真壁館  二の郭に祀られる八幡神社
メモ
小野寺氏の被官 真壁氏の居館
形態
平城
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・堀(濠)祉
場所
場所はココです
駐車場
八幡神社境内に空地あり
訪城日
平成25(2013)年6月26日
真壁館は横手川南岸の河岸段丘上に築かれた平山城で、現在は上境字館地区に包括されています。(写真左上ー北西側からの遠景 写真右上ー北東側からの近景) でっ、館は北側を横手川に面した段丘崖で画し、東・南・西側を堀で仕切った典型的な方形館だったようです。(写真左ー北側の段丘崖 写真左下ー西側の堀祉 写真右下ー東側の堀祉) とは言っても明確な遺構が残っているわけではなく、微かな段差で想定するのみ。なお南側の堀は宅地化により完璧に消滅しています。
(写真左上) 北側下の用水堰
 
館の規模は東西120m×南北120mほど、西誓寺所蔵の『古図古記』によると内部は堀によって東・西・南の3郭に分割され、東側の郭が主郭(写真右上)、西側の郭が二の郭だったようです。(写真左下・右下) でっ、両郭もまた堀で仕切られていたようですが、現在 堀は消滅し、1mほどの段差が見られるのみ。(写真右) ちなみに主郭は一般の民家、二の郭は八幡神社の境内になっています。なお南側の郭には「桐木屋敷」「大学屋敷」や西誓寺があったようですが、宅地化され遺構等はありません。