西野館
秋田県横手市下境字千本野
立地・構造
 西野館は横手盆地の中央部、横手川左岸の微高地に築かれた平城です。館の規模は推定東西80m×南北100mほど、周囲を段丘崖と堀で区画した単郭の城館と思われます。現在、内部は宅地化により遺構は消滅し、北側に堀祉が残るのみ。

 築城時期は不明。館主は小野寺氏の被官西野氏とされます。西野氏の出自は不明ですが、在地名を称していることから在地から発生した開発領主と思われ、小野寺氏が平鹿郡に勢力を扶植した頃、支配下に組み込まれたと推測されます。館主としては『小野寺家臣帳』に西野飛騨守や西野将監介の名が見られ、また天正14(1586)年の「有屋峠の戦」や同15(1587)年の「唐松野の戦」に参陣した西野修理亮通俊が館主とされます。天正18(1590)年、「戸沢氏三十五城破却令」により廃城。
歴史・沿革
西野館 北側の堀祉
メモ
小野寺氏の被官 西野氏の居館
形態
平城
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・堀祉
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成29(2017)年5月18日
西野館は横手川の西岸、南から北方向に張り出した微高地に築かれた単郭の平城です。(写真左上ー北東側からの近景) がっ、現在 館祉は宅地化され遺構らしきものは消滅。唯一、残存する北側の堀祉は幅15mほど。(写真右上) 西側も堀で画され(写真左ー現在は用水堰)、東側は段丘崖で区画されていたようです。(写真左下ー段差は2〜2.5mほど) 沼倉愛三の『出羽諸城の研究』には「居館式で100m四方位の館で土居及び濠がある。」と記されていることから城郭遺構の大部分は戦後、破壊されたものと思われます。
(写真右下) 東縁の中央に建つ「史跡標柱」
(写真右) 内部は宅地化されています