林泉寺
山形県米沢市林泉寺
 慶長5(1600)年の「関ヶ原」後、米沢に移った仙洞院が元和3(1617)年、越後林泉寺の万安大悦を招いて創建し、越後林泉寺の伽藍に従って境内整備されたと伝えられます。上杉氏の菩提寺として崇拝されましたが、境内には歴代藩主の廟所は設けられず、一族・家臣の墓所が設けられています。享保17(1732)年の火災により伽藍の大半は焼失、その後 元文5(1740)年に再建されました。境内には上杉氏ゆかりの人々の墓所が各所にあり、テンションがあがります。
(写真左上) 本堂
(写真右上) 山門
もとは上杉家の家老職竹俣家の門。明治35(1902)年、林泉寺に移築。
(写真左) 直江兼続夫婦の墓所
(写真左下) 甘粕備後守景継の墓所、越後上田衆出身の景勝の腹心。謙信の命により甘粕家を相続したと伝えられます。護摩堂山城主・五泉城主・酒田城主。
(写真右下) 新津左近の墓所、新津氏は清和源氏盛義流(平賀氏)。慶長3(1598)年、景勝の会津転封に同道した新津内記秀祐は二本松城代安田能元の同心衆とされました。
(写真左上) 甲州夫人菊姫の墓所
武田信玄の六女、兄弟は仁科盛信・葛山信貞等。天正7(1579)年、織田信長に対抗するため甲越同盟が結ばれた際、上杉景勝に嫁いだ。
(写真右上) 武田大膳太夫信清の墓所、武田信玄の七男。天正10(1582)年、武田氏滅亡後 菊姫を頼って上杉氏に寄寓。
(写真右) 仙洞院の墓所、謙信の実姉。政略により上田長尾政景に嫁ぐ。景勝の実母。
(写真左下) 吉江常陸介宗信の墓所、謙信の重臣。天正10(1582)年、魚津城で自害。
(写真右下) 杉原(水原)常陸介親憲の墓所、景勝の重臣。猪苗代城代。