巴館
秋田県由利本荘市(旧由利町)西沢字上屋敷
立地・構造
 巴館は由利高原の中央部、鮎川と天拝川に挟まれた南北に細長い微高地(比高5−10m)に築かれた丘城で、鮎川と天拝川を自然の濠としています。城の規模は推定東西60m×南北300mほど、内部は大きくは堀切で仕切られた南・北の2郭群からなり、北側の郭群が本郭と思われます。本郭も5mの段差で区画された南・北の2郭構造になっていて、規模は南側の上段郭が東西10m×南北25mほど、北側の下段郭が推定東西50m×南北100mほど、北側の郭が居住空間、南側の郭が物見郭と思われます。また堀切を挟んだ南側には3−4段の段郭群が構築され、本郭を防御する構造になっていたと思われます。現在、館祉は本郭部分が車道建設により大きく削り取られ、また南側の段郭群は宅地化により遺構の大部分が消滅しています。

 築城時期・築城主体・館主ともに不明。伝承によると仁治年間(1240−42年)、木曽義仲の奥方巴御前の一族 巴太郎頼勝がこの地に遁れ来て居住した館とも。
歴史・沿革
巴館  館祉に祀られる古峯神社
メモ
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形態
丘城
別名
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遺構
郭(平場)・堀祉
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成25(2013)年5月7日
巴館は鮎川と天拝川に挟まれた微高地(小丘陵)に築かれた丘城で、両河川を自然の濠としています。(写真左上・右上 写真左ー登り口の標柱と説明碑文) 内部は大きくは南北の2段構造になっていたようで、南側の上段部は東西10m×南北25mほど、物見のような性格をもった郭と思われます。(写真左下) でっ、上段の中央東端には高さ1−1.5mの土壇が築かれ、土壇上には古峯神社の石祠が祀られ、「源曹院巴陵冠氏居士」と記された墓碑が置かれています。(写真右下) 墓碑は館に関連した人物のものと思われますが詳細不明、伝承によると館を創建した人物の供養塔とも。
(写真左上) 「源曹院巴陵冠氏居士」と記された墓碑
北側の下段平場は規模が大きく、推定東西50m×南北100mほど、往時はここに居住空間が置かれていたと思われますが、現在 東側は半分以下に削り取られ、道路・民家等になっています。(写真右上) でっ、中央には龍神の霊が祀られ(写真右)、北側に参道が設けられていますが(写真左下)、参道部分までは周囲より4−5mほど高くなっており、この部分までが下段平場の範囲だったのでしょう。
(写真右下) 巴館背後(南側)の堀切、車道建設により拡張されいるのでしょう。
前記、堀切の南側には3−4段の段郭群が構築されていたようですが宅地化により消滅し(写真左上)、唯一 最上段の郭が残存し、ここには春日社が祀られています。(写真右上)