上の宿館
秋田県湯沢市上の宿
立地・構造
 上の宿館は雄物川の左岸、南西から北東方向に突き出した丘陵先端(標高155m 比高60m)に築かれた平山城で、丘陵基部を掘り切って城域を区画しています。内部は大きくは2郭から、その間は空堀で区画され、堀底は帯郭となり2郭を取り囲んでいます。北側の郭が主郭と推測され、ここを中心に北・東側に段郭が構築され、比較的急斜面の西側斜面にも帯状の郭が3−4段配置されていたようです。上の宿館は雄物川の狭い谷を対岸の関口城とともに挟み込む位置にあり、監視機能があったと考えられます。規模は比較的大きく、居館を兼ねた物見等の施設があったと考えられます。ただ比高が低いため「詰の城」としては適していないようです。上の宿館は比高が低く要害性は特に認められません。ただし郭は比較的大きく、居住性のある広さがあり、もともとはこの地の在地領主の居館と思われ、ここから自領の監視がされていたのでしょう。戦国期になって順次、館は改修されたと考えられますが、比高がもともと低いために、切岸を高くする等の改修だけだったのではないかと考えられます。  (上の宿館図
歴史・沿革
 築城時期は不明。城主は小野寺氏家臣山田氏と伝えられます。
上の宿館  遠景
メモ
小野寺氏の被官 山田氏の館城
形態
平山城
別名
・・・・・・・・・ 
遺構
郭・虎口・堀
場所
場所はココです
駐車場
磯崎神社脇に駐車スペースあり
訪城日
平成18(2006)年11月19日
大手口
東麓に磯崎神社の鳥居(写真左)があり、ここが大手口と考えられます。磯崎神社(写真右)も東側斜面の段郭だったのでしょう。管理人はここから直登しました。
段郭
東側斜面の段郭群は3−4mの切岸で区画された5−6郭からなります。上段の郭(写真右)はかなり広い郭で現在は墓地になっています。東西60m×南北50m。
通路状の郭
北東側斜面にあり、東から北方向にスロープ状に繋がっています。
北端の郭
写真は東側斜面から北方向を見たところです。ここには2−3段に郭が削平され、物見の郭があったと思われます。
北側段郭群の切岸
写真は北側尾根の段郭群の切岸で、高さ4−5mあり急峻に削崖されています。
主郭西側
主郭は高さ10mの切岸で防御され、幅10−15mの帯郭が主郭・二の郭を囲郭しています。
主郭北側の腰郭
主郭の北側には腰郭(写真)が1段あり、主郭とは3−4mの切岸(写真右)で区画されています。東西20m×南北30m。
主郭の虎口
ごく普通の坂虎口で、北東側の帯郭から設定されています。
主郭
東西50m×南北130m。北端と南端に腰郭が1段ずつ配置されています。内部には祠が祀られていますが、参道は特になく誰がお参りにくるのでしょうか。
主郭南側の切岸
写真左は主郭から二の郭方向を見たところです。主郭・二の郭間は高さ10mの切岸(写真右)で区画され、堀切も想定されますが不明瞭です。
二の郭
東西40m×南北70m。南北に2段に削平され、周囲は高さ10mの切岸(写真右)が削崖されています。東・西側下の帯郭は主郭下までスロープ状に延びています。
二の郭南側
二の郭南側は高さ10mの急峻な切岸(写真右)が削崖され、搦手側の郭とは幅5−6mの堀切(写真左)で分断されています。
搦手方向
二の郭の南側には搦手郭(東西30m×南北30m 写真左)があり、搦手郭からさらに丘陵基部は幅3mの小規模な堀切(写真右)で分断されています。ここで城域は終わります。