京 ヶ 岳 城
新潟県上越市清里区青柳・京ヶ岳
立地・構造
 京ヶ岳城は櫛池川の上流部、頚城山地の一支峰京ヶ岳(標高529m 比高150m)に築かれた山城で、西側は坊ヶ池に面しています。全体の規模は東西100m×南北300mほど、城縄張りはピークの主郭を中心に緩斜面になっている北・西・南側斜面に段郭群を敷設させたシンプルな構造になっています。主郭の規模は東西20−25m×南北25−30mほど、規模は小さく居住できる空間ではありませんが、頚城平野を見下ろす位置にあり、基本的には物見として利用されたと推測されます。主郭の北・西・南側斜面に敷設された郭はどれも幅の狭小な小郭で、北側の比較的大きな郭は駐屯兵の屋敷地が想定されますが、西・南側の郭は防御ラインとして敷設されたと思われます。現在、主郭と主郭に繋がる散策路は下草が刈られ最低限の整備がされていますが、それ以外は猛烈な藪になっているため全体像は?です。特に城域を区画したと思われる北側の竪堀、南側の堀切は未確認。

 築城時期・築城主体・城主ともに不明。戦国期には信濃から上越に繋がる脇往還を監視する上杉番城として機能していたと推測されます。
歴史・沿革
京ヶ岳城 西側からの遠景
メモ
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形態
山城
別名
青柳城
遺構
郭(平場)・土塁・堀
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車(路側帯あり)
訪城日
平成21(2009)年10月1日
京ヶ岳城は頸城平野の南西隅、櫛池川の上流の青柳地区背後の丘陵上に築かれた山城です。坊ヶ池に面した西側の比高差は60mほどですが(写真左上)、東側の青柳側の比高差は150mほどあります。(写真右上) 城へは青柳地区から坊ヶ池方向に進み、京ヶ岳の北西側(写真左)と南西側(写真左下)から散策路が整備されています。(案内・誘導杭あり) 管理人は北西側から登り、南側に降りるようにコース設定しました。登ってすぐの北側斜面には3−4段の平場が見られが、いずれも規模は小さなものです。(写真右下 現地表示は屋敷地)
削平地から主郭へは稜線に沿って散策路が設けられ(写真左上)、じきに西側斜面に廻り込みます。でっ、途中には木戸らしきものも見られます。(写真右上)
 
西側斜面の帯郭群(写真右・左下・右下)
主郭の西側斜面には幅5−10m、5−10mの段差で区画された4−5段の帯郭群で処理されています。これは絶壁になっている東側斜面に比べて坊ヶ池に面した西側斜面が比高差が少なく、また比較的緩斜面になっているためなのでしょう。
主郭(写真左上)
規模は東西20−25m×南北25−30mほど、小屋掛けするスペースはありますが恒常的な居住空間とは考えられず、あくまで物見として利用されたのでしょう。南側下には腰郭が1段敷設され、南東側に延びた稜線尾根は竪堀をともなった堀切で遮断されているようです。(藪で見えませんでしたが・・・・・・) でっ、南側斜面にも数段の郭群が敷設されていますが、いずれも小規模なものです。(写真右上)