長谷部神社は鎌倉初期、能登国 「大屋荘」の地頭職として能登に入部した長谷部信連を主祭神とした神社です。社の初源は信連が生前、自作の肖像画を長谷部家の祈願寺 来迎寺の御影堂に安置したことと伝えられます。そして江戸初期、加賀藩の重臣となった信連の末裔
長連頼が来迎寺境内に「信連社堂」を建立して「武健大明神」と称し、昭和10(1935)年には長氏ゆかりの穴水城の東麓に移転移築されました。現在の長谷部神社 拝殿は江戸初期の寛永21(1644)年の建立。(場所はココです) |
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拝殿
拝殿は木造平屋建の入母屋造、棧敷瓦葺。規模は桁行三間×梁間二間、正面一間の向拝付。 |
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