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 影 平 館
秋田県湯沢市(旧雄勝町)雄勝小沢・漆沢
立地・構造
 影平館は役内川中流域の左岸、神室山塊から北東方向に延びた支尾根先端(標高360m 比高160m)に築かれた山城で、南側の稜線続きを堀で遮断して城域を独立させています。規模は東西100m×南北150mほど、城縄張りはピークに構築された主郭を中心に北に3段、北東に3ー4段の段郭群が敷設された小規模な城砦です。大手筋と想定される北東側尾根は段郭群の直前を堀で遮断し、堀底を東西に延ばして大手筋からの横移動を封鎖するために畝状竪堀を敷設させています。また比較的 緩斜面になっている北西側斜面に横堀を穿ち、横堀からは十数条(消滅しているものあり)の畝状竪堀が普請されています。規模は小さいですが、物見としては充分のスペースがあります。

 築城時期・築城主体・城主ともに不明。天正年間(1573−91年)、有屋峠に繋がる役内川流域は横手城主 小野寺義道と山形城主 最上義光の軍事緊張が高まり、このため義道は役内川流域から横手城に繋がるネットワークを整備し、影平館はこの際 物見砦として取り立てられたものと推測されます。
歴史・沿革
影平館 北西側斜面の畝状竪堀群
メモ
小野寺氏の役内川城砦群
形態
山城
別名
・・・・・・ 
遺構
郭(平場)・堀・畝状竪堀群
場所 場所はココです
駐車場
小沢地区の林道分岐前の空地あり
訪城日
平成20(2008)年4月13日
影平館は役内川の中流域、寺沢・漆沢地区背後の丘陵ピークに築かれた山城です。(写真左) でっ、影平館の周囲5km以内に南側に矢倉館しなの館が、北方に浅萩館が、役内川を挟んだ北方に椛山館といった城砦群が構えられ、城砦密集地区になっています。
でっ、影平館へは特に登山道はく、管理人は西麓に切り込んだ小沢川(写真左上)をさかのぼり、小沢地区を過ぎたあたりの林道分岐点(写真中上)から山方向(左方向)にアプローチしました。でっ、約10分ほどで山裾の伐採作業場に着き(写真右上)、ここで道はなくなりますが、30mほど登ると尾根になります。(写真右下) あとは尾根を辿って北方向に進むのみ、約300−400mの尾根道をアップダウンしながら進みます。
 
で、最初に現れる遺構は堀切になります。(写真左上) 主郭南側の痩尾根を分断した堀ですが、小規模なもの、さらに同規模の堀がもう1条 設けられています。でっ、辿り着いた主郭は東西15−20m×南北30mほど(写真右上)、物見の小屋掛けするスペースはありますが、長期間居住できる空間ではないようです。でっ、大手筋が想定される北側は5−6m切り落として段郭で処理され(写真左)、下部に浅い横堀が見られます。(写真左下) でっ、横堀から畝状竪堀が敷設され、大手筋からの横移動を封鎖しています(写真右下)
主郭の北西側斜面には1−2mの段差で帯郭が敷設され(写真左上)、さらにこの下は5−6m切り落として横堀が穿たれています。(写真右上) でっ、この部分から比較的 緩斜面になり、十数条の畝状竪堀群が敷設されています。(写真右)
北側の竪堀群と北東側の竪堀群の中間に ひときわ規模の大きい長大な竪堀が穿たれています。(写真左) 規模は幅3m×長さは50mほど。基本的に大手筋からの横移動を封じる機能があったのでしょう。
秋田の中世を歩く