木 戸 五 郎 兵 衛 村
秋田県横手市(旧雄物川町)雄物川町沼館字高畑
 木戸五郎兵衛村は横手市の旧雄物川町にある、江戸中ー大正期に近隣町村で建築された四棟の茅葺民家を移築復元した民家苑です。建物は平成18(2006)年、横手市の有形文化財に指定。なお民家苑のある中央公園に木戸五郎兵衛村の名称のもとになった木戸五郎兵衛稲荷神社が祀られています。(場所はココです)
旧寺田家住宅 
旧雄物川町沼館字宮の目から移築した明治13(1880)年の農家住宅。木造一部二階建、直屋造、茅葺。
「ダイドコロ」
「チャノマ」
デン」(座敷)
「トオリ」の天井
旧佐藤家住宅 
羽後町上到米字都ノ沢から移築した農家住宅。明治2(1869)年の建築物と伝えられます。(明治ー大正期とも) 木造平屋建、中門造、茅葺。
「ドマ」
「ダイドコロ」
「チャノマ」
デン」(座敷)
旧黒石家住宅 
旧雄勝町泉沢字泉ノ里から移築した農家住宅。江戸末期の建造物と伝えられます。(明治ー大正期とも) 木造一部二階建、中門造、茅葺。
玄関
「マヤ」
「ドマ」
「チャノマ」
旧近野家住宅 
羽後町田沢西の沢から移築された農家住宅。江戸中ー後期の建造物と推測されています。木造平屋建、曲家造、茅葺。
「ドマ」
「ダイドコロ」
「チャノマ」
全景
ー 木 戸 五 郎 兵 衛 神 社 ー
 同社の縁起によると、その昔 祭神の稲倉魂命(いなくらたまのみこと)が伏見稲荷で正一位の神格を得るため上洛したところ、途上の宿場で病んだ旅人と同宿しました。そして稲倉魂命は旅人に霊薬と路銀を与えて去ろうとしたところ、旅人から身分を尋ねられ、「京都伏見稲荷へ修行に行く者で羽州仙北沼館の住人 戸五郎兵衛」と答えたとされます。後に旅人が沼館を訪ねたところ、「木戸五郎兵衛」は「吾はこの社の明神なり」と言って消えたそうな。御利益は「五穀豊穣、商売繁盛、挑戦成就」。
鳥居 
境内 
拝殿