孔 雀 城
秋田県大仙市(旧大曲市)大曲上高畑
立地・構造
 孔雀城は仙北平野の中央部、雄物川右岸の平野部に築かれた平城です。城の規模は東西70m×南北80mほど、周囲を濠と土塁で囲った歪んだ単郭構造の方形館と推測されます。現在、城址内部は民家の宅地になっていますが、北ー西側に明確な濠祉が見られ、また南西端に かなり崩れかかった土塁の痕跡が認められます。濠の規模は幅10m前後、往時 奥福部内川の水を引いていたと推測されます。また濠の外側に外濠が敷設されていたと伝えられますが痕跡は見られず。大手は南側に開いていたと思われますが不明。基本的に在地領主の日常居館と思われます。
 孔雀城は元亀元(1570)年、戸沢氏の家臣 富樫左衛門太郎勝家が戸沢飛騨守道盛の命により築いたと伝えられます。当時、この地は角館城主 戸沢氏と六郷城主 六郷氏の「境目」にあたり、これを抑えるため築かれたと推測されます。慶長7(1602)年、戸沢氏の常陸転封により廃城になったものと思われます。
歴史・沿革
孔雀城 主郭南西端の土塁痕
メモ
戸沢氏の被官 富樫氏の居館
形態
平城(方形館)
別名
 ・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・土塁痕・濠祉
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成18(2006)年8月10日 平成19(2007)年7月19日
孔雀城は大曲市街地の南東部、奥福部内川南岸の微高地に築かれた単郭構造の方形館です。現在、城址は民家宅地になっていますが、周囲に濠の痕跡が明瞭に残っているほか、南西端に土塁の痕跡が確認できます。(写真左上ー土塁痕 写真右上ー北側の濠祉 写真左ー西側の濠祉 写真左下ー南側の濠祉) 濠の規模は幅10m前後、往時 奥福部内川から水を引いていたのでしょう。
古四王神社(写真右上) 孔雀城の南方1.2kmに鎮座する古社。元亀元(1570)年、富樫左衛門太郎勝家が建立したと伝えられます。社殿は一間社入母屋造。国重要文化財。
秋田の中世を歩く