五 郎 左 衛 門 館
秋田県大仙市(旧太田町)太田町太田
立地・構造
 五郎左衛門館は奥羽山脈から西方向に延びた支尾根の小ピーク(通称 五郎左山 標高204m 比高80m)に築かれた山城で、ピークから西・南西方向に延びた尾根を城域としています。規模は東西350m×南北300mほど、城縄張りは南西側稜線中腹の緩斜面を削平した本郭(本郭・副郭)と西側稜線中腹の緩斜面を削平した北郭からなり、標高204mの小ピークは物見郭と想定されます。本郭の規模は東西40−50m×南北110−120mほど、内部は南北2段に削平され、西側下の張り出し部に副郭(規模は40m四方ほど)が敷設され、副郭の南縁に浅い堀で区画された虎口が設けられています。副郭の下段にも扇状に郭が敷設され端部は横堀で処理されています。北郭は西側尾根の先端部を削平した郭(南側の郭 東西40m×南北20m)と、尾根先端から北側に張り出した緩斜面を削平した郭(北側の郭 40−50m四方)の南北2郭からなり、両郭に挟まれるように水の手と思われる池があります。また北郭の西ー北側にかけて防御ラインとして横堀が穿たれています。物見郭は10−15m四方ほどの小郭で、居住性が薄いことから基本的に物見・監視郭として機能したのでしょう。本郭・北郭から小ピークに繋がる尾根は堀切で遮断され、さらに東側に繋がる痩尾根も二重堀で遮断されています。大手口は西側尾根と南西側尾根に馬蹄状に挟まれた谷地と想定され、西縁に土塁が構築され、中央に木戸口と思われる切り込みが見られます。五郎左衛門館は郭の規模も大きく、防御ラインとして横堀を多用するなど見所の多い城ですが、縄張り自体は段郭を基本とした古い形態の城で、もともと日常居館を包括した要害として築かれたものと思われます。

 築城時期・築城主体・館主ともに不明。館から西方1.5kmに在地勢力 太田氏の本城 太田城があり、太田氏に関連した城郭と推測されます。また近隣の本堂城主 本堂氏は天文年間(1532−55年) 支配拠点を山城から平城に移した例があり、もしかしたら五郎左衛門館太田城に移るまで太田氏が使用した館城とも推測されます。
歴史・沿革
五郎左衛門館 西側尾根のV字堀切
メモ
在地勢力 太田氏の初期の館城?
形態
山城
遺構
郭(平場)・土塁・木戸口?・堀(濠)・水の手?
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成20(2008)年12月4日
五郎左衛門館は通称 五郎左山のピークとピークから西・南西側に延びた稜線尾根を城域とし、西側尾根に北郭が、南西側尾根に本郭(主郭・副郭)が敷設され、馬蹄状の谷地に大手口と想定されます。(写真左) でっ、城へは西麓の城址標柱から入ります。(写真左下ー特に道はありません) でっ、しばらく進むと第二田沢用水堰があり(写真中下)、ここを越えて西側尾根と南西側尾根に挟まれた馬蹄状の谷地に進みます。(写真右下)
谷地の西縁に高さ1.5mの土塁が築かれ、中間に切り込みがあり、もしかしたらここが大手の木戸口だったのかも ・・・・・(写真左上) でっ、ここから道は本郭・北郭方向へ分岐し、管理人はとりあえず本郭(右方向)を目指しました。辿り着いた本郭の最下段の郭で規模は30−40m四方ほど。(写真右上) さらに登ると本郭になります。(写真右) 本郭の規模は東西40−50m×南北110−120mほど、内部は南北2段に削平されているようです。また本郭の西側に7−8mの段差(写真左下)で区画された副郭が配置され(写真右下)、副郭の南縁に浅い堀で区画された虎口があり、前述の下段郭に繋がっていたと思われます。
本郭から標高204mの小ピーク(物見郭)までは急峻な断崖になっています。ちょうど急斜面になる直前は幅3m前後の小規模な堀で遮断され(写真左上)、堀底から比高20−25mの急斜面を直登を余儀なくされます。(写真右上)
物見郭は10−15m四方ほど。(写真左) 居住できる空間ではなく、基本的に物見・監視の郭として機能したのでしょう。でっ、物見郭から東側に延びた稜線は高低差のある二重堀で遮断され東側の小ピークに繋がっています。(写真左下) 堀の規模は幅5−6m×深さ4−5mほど。東側の小ピークは10−15m四方の小郭で、東ー南側斜面は帯郭でカバーされています。(写真右下)
管理人は物見郭に戻り、北郭を経由して西側尾根から下山しました。西側尾根は部分的に削平地らしきところもありますが、全体的に自然地形のまま。でっ、北郭に辿り着くと西側尾根を見事に断ち切った薬研堀が確認できます。(写真左上)
北郭(写真右上) 規模は40−50m四方の郭(北)と東西40m×南北20mの郭(南)の南北2郭からなり、中央に巨大な池があります。(写真右ー水の手か?) 位置的に南側の郭は西側尾根の先端部を削平したもので、北側の郭は尾根北側の張り出し部を削平したものです。
北郭の西ー北側下に横堀が敷設されています。(写真左)
 
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