沢 田 館
青森県十和田市(旧十和田湖町)沢田字舘
立地・構造
 沢田館は三本木原の中央東部、奥入瀬川にそそぐ小河川の河岸段丘上(比高10m)に築かれた平城です。城の規模は東西120m×南北100mほど、城は南面を小河川に臨む段丘崖で画し、東ー北ー西側をコ状の二重堀で仕切って加工した単郭の方形館と推測されます。堀の規模は内堀、外堀ともに幅7−8m×深さ5−6mほど、中土塁は最大高4mほど。館内部は未確認のため不明、縁部には土塁はなかったようです。大手は北側に設けられ、外部とは土橋で繋がっていたと思われます。館は三本木原を望む高所に築かれたものではなく、このため防衛補完として北側の丘陵上に物見砦が置かれていたと伝えられま
沢田館 概念図
す。基本的には在地領主の日常居館として築かれたと推測されますが、二重堀で城域を画す方形館は北東北ではレアな遺構です。

 築城時期・築城主体ともに不明。館主 沢田氏(本姓 恵比奈氏)は在地名を称していることから在地から発生した開発領主と思われますが詳細な事績は不明。戦国期には三戸南部氏の支配下に置かれ、「南部家幕の後七家」と称されています。天正20(1592)年の「南部大膳大夫分国之内諸城破却共書上」には「糠部郡之内 沢田 平城破 恵比奈左近持分」と記されており、この際 廃城になったものと思われます。また慶長3(1598)年の『館持支配帳』には沢田館 千三百石 沢田助三郎」と記されています。
歴史・沿革
沢田館 西側の内堀
メモ
「南部家幕の後七家」 沢田氏の居館
形態
平城
別名
・・・・・・・・・
遺構
郭(平場)・虎口・堀・土橋
場所
場所はココです
駐車場
路上駐車
訪城日
平成24(2012)年11月16日
沢田館は三本木原の中央東部、平野部から西方向に入り込んだ沢に面した段丘縁に築かれた平城です。(写真左上) 写真は南側から沢田館方向を撮影したもので、写真ではわかりずらいですが、館の南側には沢が入り込み、沢と沢田館との高低差は10mほどあります。(写真右上) でっ、館へは北側の車道脇に標柱が建てられていてわかりやすく、ここからまっすぐ進むと北側の土橋が見えてきます。(写真左ー北側の標柱 写真左下ー土橋) ただし内部は一般の宅地になっているため見学は不可。管理人は堀を見るため内部に入り、快く許可して頂きました。ちなみに土橋から館内部へは左折れの「折れ虎口」になっているようです。(写真右下)
館内部の見学はできませんが、館の東ー北ー西側をコ状に囲った二重堀はほぼ完存、素晴らしい状態で見学が可能です。規模は内堀、外堀ともに幅7−8m×深さ5−6mほど、中土塁は一部 欠損している個所もありますが最大高4mほど。堀は水濠だったとする説もあるようですが、端部には堀留は認められず、ま 〜〜〜 空堀だったのでしょう。
(写真左上) 北側の外堀
(写真右上) 北側の内堀
(写真右) 東側の外堀
(写真左下) 東側の内堀
(写真右下) 西側の内堀
秋田の中世を歩く