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西野館は横手盆地の中央部、横手川左岸の微高地に築かれた単郭構造の平城です。館の規模は推定 東西80m×南北100mほど、周囲を段丘崖と堀で区画した単郭構造の城館と思われます。現在、内部は宅地化により遺構は消滅し、北側に堀祉が残るのみ。
築城時期・築城主体ともに不明。館主は小野寺氏の被官 西野氏とされます。西野氏の出自は不明ですが、在地名を称していることから在地から発生した開発領主と思われ、小野寺氏が平鹿郡に勢力を |
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扶植した頃、支配下に組み込まれた国人と思われます。館主として『小野寺家臣帳』に西野飛騨守、西野将監介の名が見られ、また天正14(1586)年の「有屋峠の戦」や同15(1587)年の「唐松野の戦」に参陣した西野修理亮通俊が館主とされます。天正18(1590)年、「戸沢氏三十五城破却令」により廃城。 |