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森 子 大 物 忌 神 社 |
秋田県由利本荘市(旧由利町)森子字八乙女下 |
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森子大物忌神社は養老年間(717ー724年)、鳥海山大物忌神社の分霊を八乙女山に勧請したことを初源とし、貞観3(861)年 社殿を造営して、以後 鳥海山修験のひとつ
羽黒派滝沢修験の活動拠点となりました。そして中世 神仏習合して天台宗 龍洞寺を別当寺として僧坊三十三坊を擁する一大修験勢力となり、「由利十二頭」 滝沢氏の庇護を受けています。江戸初期、滝沢刑部少輔政道が前郷城を築くと、龍洞寺は前郷城下に移され、新たに文殊院が別当寺になりました。また江戸期、大物忌神社は大物忌神の本地仏 薬師如来にちなんで「薬師堂」「お薬師さん」と呼ばれ、滝沢登拝口から鳥海山大権現を目指す「道者」はここから登拝道へ入山しました。なお江戸中期、滝沢修験は同じく鳥海山登拝口にある矢島修験と「逆の峰入り」をめぐって対立しています。明治初年の廃仏毀釈により森子大物忌神社に改称、薬師堂が拝殿・幣殿に転用されました。社殿には薬師如来を中心に両脇侍に日光菩薩、月光菩薩、十二神将像が安置されています。平成21(2009)年、鳥海山修験の拠点遺構として国の史跡に指定。(場所はココです) |

現地説明板の図 |
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参道 |
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護摩壇祉 |
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拝殿
安政3(1856)年、再建された平入れ入母屋造りの銅板葺建築物。規模は桁行 三間×梁間 三間、正面に千鳥破風と軒唐破風付き一間向拝を設けています。 |
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